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第5話『欲望をその身に宿して』
セオドラーとミラが出会ってから数日。
セオドラーは王城にミラが来るたびに、ミラが入り浸っている書庫へ向かい、本を読んでいるミラの傍で日々を過ごしていた。
そして、王族として必要な勉強もミラと書庫で行う様になり、気が付けばミラもセオドラーと同じ勉強をして過ごしていたのであった。
最初は戸惑っていたミラであったが、セオドラーがあまりにも当たり前の様にミラと過ごしている為、段々とそれが普通なのだと思うようになり、いつの間にかそれが当たり前となっていた。
故に。
セオドラーから共に過ごすのであれば、王城に住む方が良いだろうと言われ、頷きそうになっていたのであった。
しかし、それを許さぬ者が居た。
「ミラ。その様な言葉に騙されてはいけないよ」
「お兄様?」
「……ハリソンか」
本来王族しか立ち入る事の出来ないセオドラーの私室で、セオドラーとお茶をしていたミラは、騎士の制止を振り切って、部屋の中に入ってきた兄に驚き、目を見開いた。
セオドラーもミラと同じ様に驚きながらも、そこまで動揺はしていない様だった。
「さぁ。ミラ。お兄様と一緒にお家へ帰ろう」
「あ、はい!」
「まぁ待てミラ。まだ話の途中だろう? それとも、私の話は聞きたくないか?」
「いえ! その様な事は! お兄様。私、セオドラー王太子殿下とまだお話がありますので、少々お待ちください」
「……」
「そういう訳だ。部屋の外で待っていてくれ」
セオドラーは穏やかな笑みを浮かべながら、早く出ていけとばかりにハリソンへと視線を向けるが、ハリソンは動かない。
そんなハリソンにさっさと消えろとばかりに視線を強めるが、ハリソンは小さく息を吐くと、笑顔を作った。
そう。明らかに作ったと分かる笑顔をだ。
「ミラ。実はな。お兄様とセオは友人なんだ」
「……は?」
「あっ、そうなのですね!」
「という訳だから、私も同席させてくれるかい? ミラ」
「はい。私は構いませんよ。殿下のお友達ですし、私のお兄様ですからね!」
「あぁ。だから何もおかしくない。君もそう思うだろう? セオ」
セオドラーは穏やかな笑顔を浮かべたまま、ハリソンを見つめ、ハリソンもまたセオドラーを無言のまま見据える。
互いに笑顔である。
が、しかし、そこに友好的な感情など欠片も入っていない事は互いによく理解している。
理解していないのはミラだけである。
ミラだけは、笑顔のまま視線をかわす兄と王子を見て、ニコニコと笑う。
そして、セオドラーは笑っているミラの事を気にしながらも、ハリソンと視線を交わし合い、遂に諦めた様に息を吐いて折れるのだった。
「……分かった。同席を認めよう」
「感謝するよ。セオ」
セオドラーが折れた事でハリソンは余裕の表情を浮かべたままミラの横に座り、腕を組む。
ここからは一切好きにさせないぞという様な表情で。
「さて。どんな話をしていたのかな」
「ミラが王城へ住む方が、互いの負担も少ないのではないかという話だよ。ハリソン」
「なるほど。それで……ミラは、どの様に考えているんだ?」
「はい。私も殿下の意見と同じで……」
「本当にそう考えているのかい?」
「え?」
「ミラ。よく考えて欲しい。例えば王城にミラが住んだとしよう。そうなれば、今ミラが立ち入りを許可されている区画以外にも立ち入る事が出来る様になるね?」
「はい。おそらくはそうなると思います」
「その場合、ミラは王城にある沢山の情報を知ってしまう訳だ。ミラが知りたいと思わなくてもね。そうなると、国としてはミラを王城の外へ出す事は難しくなる。何故か分かるかな?」
「えと。私が外へ情報を流出させてしまうかもしれないから。でしょうか」
「その通りだ。流石ミラは察しが良いな。そう。そうなってしまった場合、ミラはもうお父様やお母様、そして私やお姉様に会えなくなってしまうんだ」
「え……」
「それだけじゃない。ミラが大好きな街の人達にも会えなくなってしまうかもしれない。ミラはそれで良いのかい?」
「それは……いや、です」
「そうだろう? だから」
「ならば王都に住むというのはどうだい? ミラ」
「……セオ。まだ私が話しているんだけどね」
「提案をするくらいは良いだろう? それとも、ハリソンはミラに全ての選択肢を見せず、隠して騙すつもりかい?」
「ぐ」
「どうだい? ミラ。王都に住むんだ。住むと言っても、基本的にはメイラー伯爵領に居れば良い。それで、私と共に勉強をするときや、お茶会。共に本を読むときにだけ王城へ来ればいい。ミラが好きな時にな。そうすれば、ミラの好きな家族や友人と離れずに住むし、私とも変わらぬ生活を送る事が出来る」
「……殿下!」
「ミラ。騙されてはいけない。この話は罠だ。王都からメイラー伯爵領へ行く為に何日掛かると思う? 一度来たら容易くは帰れないぞ」
「ポータルを使えば良いだろう? ハリソン」
「非現実的な事を言うんじゃない。ポータルはそんなに容易く動かせる物じゃ無いだろう! 結局は王都にミラがずっといる事になってしまうじゃないか!」
「ふふ。その点については問題じゃない」
「……なに?」
「確かにポータルはその使用理由と、優先度等が判断され、容易く使う事は出来ない。しかし例外はあるだろう?」
「例外だと?」
「そう。ポータルの転移魔術で使用する魔力を用意する事が出来るのであれば、いつ何時であろうとも、使用に制限はない!」
「くっ……! だ、だが、そこまで甘くは無いぞ。セオ。その魔力はどこから用意する。大型の転移魔術だ。生半可な魔力では動かす事など不可能だ! いったいどうやってそれだけの魔力を用意するつもりだ!?」
「なんだ。まだ気づいていなかったのか」
「なん……だと」
驚愕し、立ち上がりかけたハリソンは、何かの気配を感じて部屋の入口へと視線を向けた。
そして、そこに立っている己にとって最も危険な敵の名を叫んだ。
「フレヤ!」
「そう。魔力は私が用意すれば良い。私とセオが協力すればミラを運ぶだけの魔力なら十分に用意できる。どうだ? ミラ。私が王都へ来てからたまにしか会えないだろう? 私もミラと共に過ごしたいのだ」
「……お姉様! そうですね! 私も、お姉様と共に過ごしたいです」
「っ! くっ、ミラ!」
ハリソンは悔しそうにミラとフレヤを見た後で、最終的にここまでの状況を造り出したセオドラーを見据える。
「これも全てお前の仕組んだ事か……! セオ!」
「あぁ。まぁ。そうだね。本当はこのまま王城に住んでもらっても良かったけど、妥協という奴だよ。お陰で君に匹敵する最大の味方を手に入れる事が出来た」
指を組みながら、椅子にもたれかかり、静かに笑みを浮かべるセオにハリソンは、敗北を感じつつ、せめて全てを奪われる事は避けようと動く。
「ミラ! なるほど。お兄様もセオの意見に賛成だ。ミラの好きな場所が広がるのは良い事だからな。しかし、王都ばかり来ていてはメイラー伯爵領の皆が悲しむだろう? だから、スケジュールを決めよう。みんなが平等にミラと一緒に過ごせる様に。どうだ?」
「はい。私もそれが良いと思います!」
「そうだろう? では早速決めようか」
ハリソンの立ち直りが早い事にフレヤは不満気な顔を浮かべたが、それでもこの状況で文句を言えば、ミラが悲しむかもしれないと考えて、状況を静かに見守るのだった。
「という訳だ。ミラ。王都へ来る時は私も一緒に来る事にしよう。良いか? ミラ」
「はい。私もお兄様と一緒が嬉しいです!」
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