第9話『運命はここに収束する』

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第9話『運命はここに収束する』

アイラと出会ってから、ミラは今まで王都で大人しく過ごしていた事が嘘の様に活発に動き始めた。 冒険者組合について調べ、どういう仕事なのか理解し、何か出来る事は無いかと考えて早速行動をしていたのだ。 「それで? 一年も何処かへ行っていたかと思えば、これを作っていたという事か。ミラ」 「はい。殿下。その名も通信機です!」 「通信機ね」 セオドラーは自分とミラを一年も引き離した憎き相手を、ミラにバレぬ様に睨みつけながらミラの話を聞く。 「この通信機はですね。アイラさんのお兄さんから直接話を聞いて、魔物との戦闘中や、何か緊急事態が発生した際に離れた場所に居てもちゃんと合流出来る様に、どれだけ離れていても会話が出来たり、位置情報を共有出来たりするのです。開発にはドワーフさん達も協力してくださったのですが、やはりドワーフさん達の技術は素晴らしく、風の魔力石を組み込む事で、加工された石が発する固有の振動数を目標として、通信機同士を風の魔術で繋げる事により……」 「ふむ」 ミラは楽し気に通信機を持って話をしているが、正直な所セオドラーは全く嬉しくも無いし、楽しくも無かった。 無論。ミラの発明により多くの冒険者は助かるだろう。被害も減るだろうし、報告も早くなる。 しかし、それはそれとして、ミラが自分の居ない場所でこれほど楽しそうにしているのが純粋に面白くなかったのだ。 それゆえに。セオドラーは少々大胆な行動に出る事にした。 「ミラ」 話をしているミラを抱き寄せて自分の足に座らせながら、後ろから抱きしめた。 普通の感性を持った人間であれば、セオドラーの行動に嫌がるなり、恥ずかしがるなり、何かしらの行動をするが、常識外れというか常識のないミラにはその様な……。 「っ!? せ、セオドラーでんか……その、はずかしい、です」 瞬間。セオドラーに電流が走った。 先ほどまで子供の様な表情で話をしていたミラが、セオドラーに抱きかかえられたままモジモジと恥ずかしそうにしているのだ。 おそらくこの瞬間に三度は空の果てへ旅立ったであろうセオドラーは、何とか現実世界に帰還すると、いつもの穏やかな笑顔でミラに謝る。 「これは悪い事をしたな。ミラ。癖なのだ。許してくれ」 「も、もう。セオドラー殿下。この様な事をされては、勘違いされてしまいますよ」 「あぁ、すまないな」 「しょうがない殿下ですねっ!」 そんな事を言いながらも、セオドラーの上から降りようとはしないミラに、セオドラーは目を見開いた。 十四歳の時に出会い、十七歳となる現在まで三年間。色々な方法でアプローチをして、ライバルを蹴散らし、精々が良いお友達程度の関係であったミラが、まるで普通の少女の様は反応をしている! その衝撃たるや、空に飛び立つだけで街を破壊し、咆哮は国を滅ぼすとされるドラゴンの一撃よりも深く重かったであろう。 いったい何があったのか。 セオドラーはそれを確かめるべく、さらに一歩踏み込む事にした。 「そうだ。ミラ。通信機の性能を試してみないか?」 「性能、ですか?」 「そうだ。いざという時、使えなければ民も困ってしまうだろう?」 「そうですね。はい! 是非試したいです!」 「では、ちょうど良い場所がある。共に行こう」 「はい!」 そして、セオドラーは一年前と特に変わらず、何でも信じてしまうミラに微笑みつつ、王都から遠く離れた北部にあるヘイムブルの湖へ向かう事にした。 ここは遥かな昔、ドラゴンが放った攻撃により大穴が出来、そこに水が溜まって湖となった観光名所である。 しかし、魔物の森が近くにある為、近寄る人間は少なかった。 「こ、ここが! ヘイムブルの湖!」 「思っていたよりも綺麗な場所だな」 「そうですね。しかしこれほどの大きさとは。ドラゴン……どの様な生き物なのでしょうか。見てみたいです」 「ハハハ。そうだな」 ミラと話をしながら、食事を楽しみ、適度の距離を取って通信機の性能も確かめる。 久しぶりにミラと過ごす時間にセオドラーは頷きながら、一日を満喫するのだった。 そして、段々と日が落ちて行き暗くなってくる頃、そろそろ帰ろうかとセオドラーが提案したのだが、ミラが動かない。 「どうした? ミラ」 「あの。殿下。少しだけ。後少しだけお時間を頂いてもいいでしょうか?」 「あぁ。構わないよ。でも、そういう事ならそうだね。今日はここに泊まろうか」 「よろしいのですか!?」 「あぁ。その程度は容易い事だよ」 かくして、セオドラーは護衛の騎士に頼み、野営の準備をしつつ、ミラと共に夜空を眺めながら湖の近くで話をするのだった。 「……」 「……」 特に急かす事はなく、ただ静かにミラの話を待つ。 それが功を奏したのか、ミラは大きく息を吐くと、セオドラーを見つめて静かに口を開いた。 「セオドラー王太子殿下。私は、ミラ・ジェリン・メイラーは、その……セオドラー殿下を愛してしまった様なのです」 「そうか。では結婚しよう」 「はい……って、セオドラー殿下!?」 「セオと呼んでくれ。ミラ」 「いや、そのセオドラー殿下」 「セオだ」 「……セオ、殿下」 セオドラーは満面の笑みを浮かべながら、ミラの話を聞くべく態勢を整えた。 しかし、ペースを崩されてしまったミラは微妙に話しにくそうであった。 「その、ですね。冗談のつもりではなく、私は本気なのです」 「無論私とて本気だ。故に結婚を申し込んだ」 「……なぜ?」 「何故と聞かれてもな。むしろ聞きたいのは私だが、まぁそれは良い。とにかくだ。王城へ戻り次第父上に婚約者として認めてもらおう。なるべく早い方が良い」 「えぇ……!? セオドラー殿下「セオ」えと、セオ殿下は本当に私で良いのですか?」 「君でいいのではなく。君が良いのだ。ミラ。私の運命は君に出会った時から始まったと言っても過言ではない。私はあの瞬間に君に全てを奪われてしまったのだ」 「私、何か殿下にお返ししなくてはいけないのでしょうか」 「いや、返さなくて良い。その代わり。君の全てを私にくれ」 「わたしの全て?」 セオドラーは立ち上がり、座っていたミラを抱き上げると、地面に立たせ、自分はそのままミラの前に跪く。 そして、ミラの手を取ると、その甲に口づけを贈った。 「……この命。君に捧げると誓おう。ミラ。君が空の果てへ旅立つ時まで、私が隣にいる事を許してくれ」 「えと……」 「私と結婚してくれ。という事だよ。ミラ」 「でも、ここで頷いてしまうと、お父様やお母様が……」 「ミラ」 「は、はい!」 「大丈夫。君の家族とは既に話をしているんだ。君が頷けば、それで問題ない。みんな祝福してくれる。君のお友達もね」 「そうなのですね」 「あぁ」 「分かりました。では、私は、私の心でお返事をさせて下さい」 ミラは自分の胸に手を当てて、小さな呼吸を何度か繰り返した。 そして、真剣な表情で跪いているセオドラーを見つめながら言葉を返す。 「セオ殿下。私で良ければ。喜んでお受けさせて下さ……ひゃっ」 「ミラ! ありがとう! ミラ!! まるで夢のようだ!!」 セオドラーはミラの返事が終わるよりも早くミラを抱きしめると、そのままミラを抱きしめて口づけを交わした。 ミラは初めての事に目を白黒とさせていたが、やがて落ち着き、目を閉じて、セオドラーに身を委ねるのだった。 セオドラーの気持ちが暴走し、随分と誓いの時間が長かったが、ミラは頬を赤らめながらもそれほど文句は言わなかった。 「……私、自分が暴走しがちなのかなと思ってましたが、殿下を見ていると普通な様な気がしてきました」 「まぁ、そうだね。ただ私が暴走するのはミラが絡んだ時だけだから」 「そのお言葉に、私は喜べば良いのか怒れば良いのか分かりません」 「私はどちらでも構わないよ。ミラの気持ちなら、何でも嬉しいさ」 「……殿下」 「なんだい?」 「なるべく暴走はしない様にしていただきたいです。ドキドキするのは、あまり落ち着きませんので」 「あぁ。分かったよ。まぁ、ミラが何処かへ行ってしまうとか、他の者へ心を移してしまう様な時は多分抑えられないから、その時は許してくれ」 「……私はその様な事はしません。生涯殿下だけを想って生きてゆきます。終わりの瞬間まで」 「ミラ!!」 「ひゃっ! も、もう! もう暴走しているじゃないですか!」 セオドラーは感情が暴れ、その勢いのままミラに抱き着いたが、ミラに怒られてしまい渋々ミラから離れる。 「もー。本当にもー!」 「すまない。許してくれ。今度からは気を付けるよ」 「本当にお願いしますね? 何だか先ほどから殿下と触れ合うだけで、心が落ち着かないのです」 「そうか……!」 「む。なんでそんなに嬉しそうなんですか?」 「まぁ、この世の全ての幸せを今感じているからね」 「……?」 「まぁ、君もいずれ分かるさ。ミラ」 「そうですか」 セオドラーは地面に座りながら、空を眺める。 そこには数多の星々が輝いており、セオドラーとミラを祝福している様にセオドラーには見えた。 「しかし」 「はい。なんでしょうか?」 「どうして急に私の事を愛していると言ってきたのだ? 去年までその様な事は言っていなかっただろう」 「えと、それはですね」 「ん?」 「その……アイラさんと恋のお話をしまして、その、アイラさんが仰る恋の感情というのが、私にも覚えがある物でして、それから、そのセオ殿下の事が頭から離れなくなり……それで、その」 「その?」 「愛していると、分かったのです」 「おぉ……そうか。アイラか」 セオドラーはアイラなる少女に感謝しつつ、何か機会があれば勲章でも贈るかと残酷な事を考えていた。 しかし、そんなセオドラーの残酷な考えはミラの行動によって粉々に砕かれる事となった。 「む……殿下」 「どうした? ミラ」 「今……アイラさんの事を考えていましたか?」 「あぁ」 「そうですか」 面白くない事の様に、唇を尖らせながらそっぽを向くミラに、セオドラーは思わず立ち上がった。 「嫉妬か!? ミラ、今嫉妬したのか!?」 「……そんなんじゃありません!」 「ミラ! そんなに心配しなくても、私は君しか見えていないよ! ミラ!」 「もう! 離れてください! そんなんじゃ無いですから!」 「ミラ!!」 その日。ヘイムブルの湖では夜遅くまで、騒ぐ二人の声が響いていたが、それを知っているのは二人の事を満面の笑みで、静かに見守っていた騎士とメイド達だけであった。
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