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ざあっと草花をゆらす風に吹かれて、魔物は立ち止まりました。
ぐしゃぐしゃになった長いことととのえていない黒髪が、ふわりと風に揺れて舞いおどりました。
魔物の磨いた石のように綺麗な黒い瞳に、舞いあがる花びらと、そして、そのむこうに立つ、大きな木がうつりました。
堂々とした太い幹の木でした。
たくさんの葉っぱが生い茂り、花が咲き、大きな木はりんと立っていました。
魔物はてくてくと木のところまで歩いていきました。
また、ざあっと風が吹きました。
春の野原の、とてもいい匂いがしました。
草と花と風の匂いでした。
〈こんにちは、お嬢さん〉
大きな体を揺すって、木があいさつをしました。
きっとわたしよりもずっと長く生きているんだ、と魔物は思いました。
だってこんなに大きくて立派なのだし、声にはしわがあって、そしておだやかだったからです。
「……こんにちは」
〈なにをしにきたのかな?〉
「わからないの。歩いていたら、ここにきたの」
木のおじいさんは、ふぉっふぉっと笑いました。
葉っぱの間からばさばさと数羽の小鳥が飛び立ち、ざわざわと葉っぱが鳴りました。
〈そうか、そうか、じゃあきっと、きみの心がここを必要だと思ったんだよ。急ぐことはない、ゆっくりしておいで〉
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