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魔物はしばらくその場から動きませんでした。
黒い瞳が一瞬煌めいて、陽の光をうけて輝く風と、若い緑色の葉を見つめました。
「ねえおじいさん、私、あなたのそばに寄ってもいいかしら」
〈ああ、もちろん。おいで、おいで〉
魔物は小さな足で草を踏みしめ、大木の根元に、幹にもたれかかるようにして腰掛けました。
葉の隙間からちらちらさしこむ木漏れ日が、煌めく金色のシャワーのように、魔物のドレスや髪や肌に降り注いで、こびりついた棘を洗い流してくれるような、そんな気がしました。
「ここには、人間がいないのね」
〈お嬢さんは、人間が嫌いかな?〉
魔物はしばらく黙ってうつむいていました。
それから、小さく首を縦に振ります。
「きらい。人間のことばは、痛くて、苦しいから」
〈そうか、そうか。そりゃあ、人間は言葉を汚すのが大好きないきものだから、みんなきみと同じことを思っているさ〉
「そうなの?」
〈そうさ。人間の言葉は、日に日に悪臭が増していく。腐ってしまった言の葉が、あんまりにも切なくてねぇ…〉
だけどね、とおじいさんは続けます。
〈人間の中には、まだ誰かを思いやる言葉を咲かせられる人だっているのさ。ほら、ごらん〉
おじいさんが、ざわりと体をゆすります。
ふと、女の子の前に、一輪の花が落ちてきました。
手を伸ばして受け止めると、花は淡く光って、ふわりとほどけて、
「いつも ありがとう」
とても優しい声が、女の子の耳元に響きました。
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