言の花の歌

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「……え」  魔物は、じんわりと目を見開きます。 〈そうれ〉  おじいさんが楽しそうに、いくつも花を落としていきます。  花はひらりと舞い落ちて、ふわりとほどけて、いくつもいくつも、声が生まれました。 「だいすきだよ」 「うれしい」 「よかった」 「ただいま」 「おかえり」 「ごちそうさま」 「おめでとう」 「えらいね」 「すごい」 「いってきます」 「おやすみ」  魔物を取り囲むように、花がほどけたあとの丸い光がいくつもいくつも点々とともり、三百六十度、どこからでも言葉が聞こえました。  声を奏で、音が重なり、それはまるでひとつの歌のように。  相手への愛しさと優しさがたくさんに詰まった声が、耳に直接染み込んで、心に流れ込んでいきます。  魔物の宝石のような瞳が、くるりと光って、透明な雫が頬をすべりおちました。 「……ぁ」 〈お嬢さん、きみだって、魔物には見えない。可愛い可愛い、ひとりの女の子じゃないか、そうだろう?〉  葉っぱが揺れて、金色の陽が、ぱあっと魔物を照らします。 〈お嬢さんだって必死に生きて、誰より優しい心を育ててきたんだ。みにくくなんてないさ。こんなに見事な心の花を、踏まれても折られても咲き続ける小さなたったひとつの花を、誰がみにくいと言うものか〉 「……う、ぅ、え」  なにか言いたいのに、なにも言葉にならなくて、なにを言ったらいいかわからなくて、女の子はただぼろぼろと、大粒の涙を流します。  今までいっぱいに溜めてきた涙。  誰より透き通った、眩しいその色。  ふらりと、女の子の体が動きました。  女の子が十人集まっても一回りできないような太くて立派な木の幹に、おひさまの匂いがするほのかにあたたかい木の幹に、女の子はこつっと額を当てて、ちいさな白い両手を添えて、まるで親を見つけた小さな子どものように泣きつづけます。 〈ここは言葉が茂り、言の花を咲かす、世界でいちばんやさしい場所さ。疲れて泣きたい心のための言葉の花畑を、ずっとずっとわしがつくってきたんだ〉 「……うん」 〈辛くなったら、体を揺らして歌うといい。言葉を歌えば、きっと楽しくなるものさ。そしてたくさん泣いて、笑いなさい。きみだって、ちゃんとしたひとりの人だから〉  風が吹いて、光がさして、足元で草が笑いました。  花が舞って、土の匂いがして、地面も草花もみんな歌って、おじいさんが優しく女の子を見守ります。
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