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一
魔王バアルは、隣町を越えた森の奥の迷宮にいる。しかし、そこについての情報は少なく、国王らでも分からないようだった。俺は隣町に入り、その中の冒険者ギルドに向かった。
「勇者様なんかが、何の用だい?」
ギルド受付の老婆が聞いた。マントをして着ているもの等を隠していたが、何かしらでバレたのだろう。俺は金貨を一枚差し出し答えた。
「聞きたいことが一つあるからだ。バアルの迷宮について教えな」
「バアルの迷宮かい……やめときな」
老婆は眉間に皺を寄せ、続けた。
「あの巨大迷宮から還ってきた者は一人もいないよ。あんたも知ってるだろ? 勇者も冒険者も皆還らなかったって」
「そんなことはどうでもいい。迷宮について知ってることを教えてくれ」
老婆は渋った。俺は金貨を二枚差し出した。老婆はそれを一枚ずつとりながら答えた。
「そんなに知りたきゃ、私が知ってるだけのことは教えるよ……あそこからは、奇妙な歌が聞こえるそうだ」
「歌?」
「そう。それを聞いた者は皆狂って死ぬんだってよ」
「歌に魔力が?」
「わからない。生きて還った者がいないから、迷宮から聞こえたものからの憶測でしかないがね」
老婆は姿勢を楽にした。俺は彼女を見たまま聞いた。
「何が聞こえたんだ?」
「誰も知らない妙な歌と狂ったような叫び声だよ。一度迷宮に入った勇者のパーティーがいてね。そこにいた一人が迷宮の外から聞いて戻ってきてたよ」
「中には行かなかったのか」
「勇者達が中にいる間、町に被害があってはならないからってね。外から迷宮に巨大な結界を張ってた魔術師がいたんだよ。まぁ、一年経っても戻らなかったから、渋々そいつは戻り、そこで見聞きしたことを全て話してくれたってわけさ」
「そいつはどこにいる?」
「死んじまったよ……敵討ちだって冒険者と戦士を引き連れて迷宮に行ったきり、戻らなかった。馬鹿な奴だよ、全く」
誰に似たのかねぇ。と老婆は呆れたようにため息をついた。その目は悲しそうに見えた。俺は姿勢を正した。
「そうか……わかった、ありがとう」
「忠告はしたからね。どうなっても知らないよ」
俺は背を向けたまま老婆に手を軽く振り、ギルドを出た。
迷宮から出るには数日はかかると踏んだ俺は、傷の治癒や痛みを麻痺させる為の特殊な酒を調達する為、近くの酒場に向かった。用意してもらう間、近くのテーブルを囲んでいる冒険者パーティーだろう者達が話しているのが聞こえてきた。
「勇者レイブ様が帰ってこなかったってよ」
「バアルの迷宮だろ? レイブ様がダメなら、誰も生きて還れねぇだろ」
「だよな……」
彼らは別の迷宮の話を始めた。
レイブは有名な勇者だ。魔術も剣術も最上で、その上皆に慕われていた。彼もそこに行っていたのかと内心驚いた。
「レイブが還らなかったから、国王は俺に頼んだのか」
と俺は虚空に呟いた。すると酒が用意され、代金を払って酒場を出た。
迷宮から生きて還る自信が徐々に消え失せたが、それに反するように口角は上がり、小さく呟いた。
「おもしれぇ、やってやんよ」
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