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「この物語は、君が僕を殺すまで終わらない。君が僕を好きだろうと、嫌いだろうと関係ない」
「関係ないわけないでしょ?」
私は斧を持ち上げると、ジャックに向かって振り下ろした。彼の顔の横にある柱に、斧が突き刺さる。
「貴方の救世主になるために、私はこれまで生きてきたんだよ。それを、関係ないなんて言わないで」
彼の顎先を指さし、私はくぎを刺すように言った。
鈍く光る刃を横目で見て、ジャックは喉元をごくりと動かした。
「そ、それは映画のジャックであって、僕じゃない」
「だったら、私だって映画のノアじゃない。私には私の意思があって、貴方を殺したくない。それとも、無理やり私を人殺しにしようっての?」
人を殺したくないと言いながら、私は人殺しになってもいいなんて、あまりにひどい。残酷なのは、どっちなのだろうか。
「だが、君が僕を殺さないと、無関係な人たちが死ぬんだぞ。それでも、僕を殺さないって言うのか」
「言うね!」
彼の言葉にかぶるように、はっきり口を動かして答える。むっと、口を閉じて私を睨むように見下ろすジャックに、苛立ちが募る。
「だいたい、本当に貴方のことを殺せば、あのおかしなことは止まるわけ? そんな確証あるの?」
「確証はない、が、それ以外に考えられない。僕が犠牲になって終われば、それで丸く収まるんだ。安いものだろう」
カーテンの隙間から差し込んだ月明かりが、ジャックの白い仮面を照らす。哀愁漂う空気を醸し出す彼に、私は特大のため息をついた。
「ばかじゃないの」
この男、なにを安っぽいヒロイズムに浸っているのだ。自分が犠牲になれば、世界は救われるってか。
(冗談じゃない)
苛立ちに任せて仮面を無理やりはぎ取り、顔に唾でも吐きかけてやりたい気分だ。
「解釈違いなんだよな、貴方もこの世界も。本物のジャックなら、そんなこと言わないのに」
「そういう君だって、本物のノアとは似て非なるものだ」
「ありがとう、嬉しい。私、あの女のこと大嫌いだもん。だって、ジャックのことを殺しちゃうし」
両手をあわせ、私は喜んで見せた。厭味ったらしい私の態度に、ジャックの目つきが鋭く光る。この表情だけは、本物のジャックに似ていた。
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