2章

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「死ね!」  低くかすれた声が森に響く。鉈が振り下ろされそうになったときだった。男が足を滑らせ、頭から倒れこんだ。骨が鈍く硬いものにぶつかる音がして、彼は動かなくなる。  街の人たちの間に動揺が走る。彼らは倒れた大男を見下ろし、呆然とした表情で静まり返った。  私は恐る恐る男の顔を覗き込む。男の頭は丁度、彼の頭と同じくらいの大きさの岩に、ぶつかっていた。運悪く、滑った場所にあった岩に頭をぶつけたようだ。  男は死んでいるのか、目を見開いたまま動かない。そっと彼の手から鉈を取り上げ、生い茂る木々の方へ放り投げる。 「……や、やりやがったな、殺人鬼め!」 「は? いや、勝手に死んだんでしょ、この男が」 「殺人鬼め! 俺たちの大切な仲間をよくも……。ゆるせねぇ」 「観念しろ! 殺された人たちの仇は俺たちが討ってやる!」  私が言い返しても、街の人たちは訊く耳を持たない。興奮して息巻いた男たちが、各々武器を構えている。 「なにを言っても、彼らに話は通じない。彼らにとって、僕は人々を襲う殺人鬼でしかないんだ」  困惑する私に腕を、ジャックが引いた。ヘーゼル色の瞳には、あきらめがにじんでいる。きっと、今までにもこんなことが何度も彼の目の前で起こったのだろう。  私は呪いの理不尽さに唇をかみしめる。 「お前たち、やってしまえ!」  人々の一番前にいた長身の男が、街の人たちに指示を出す。とたんに、一斉に私たちに街の人たちが襲い掛かって来た。 「うわっ、やめろ!」 「ぎゃ!」 「助けてくれ!」  転んで頭を打つ者、持っていた武器を滑らせて自分に刺す者、なぜか地面に掘られた穴に落ちる者。本当にこれは、呪いとしか言いようがない。ジャックに向かってくる人たちが、さっきの男と同じように、次々と勝手に死んでいく。 「ダメだ! あの人たちを僕に近づかせるな!」  ジャックは街の人たちに両手を突き出し、叫ぶように言った。  近づかせるなと言っても、勝手に近づいてくるのはあいつらだ。 「あの人たちは、ジャックのことを殺せないんでしょ? だったら、貴方が関わった方が手っ取り早いんじゃ?」  面倒だから、いっそのこと彼らから自滅してほしい。勝手に騒ぐ人たちを白けた目で見ながら、私はジャックの背後に回る。  彼は生きた最終兵器だ。盾のようにしてジャックの背中を押すが、彼は動こうとしない。  そのとき、小屋からガラスの割れる音がした。熱風が私とジャックの間を駆け抜ける。背後に視線を向けると、熱で割れたガラスがあたりに飛び散っていた。小屋を燃やす炎は勢いを増し、今にも私たちの方まで届きそうだ。
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