1章

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「き、君は、僕は殺しに来たんだよね?」 「まさか、貴方を殺すなんて! だって、好きな人だし。……あ、言っちゃった」  恥ずかしいと、私は両手で頬をおさえる。 「それでは困るんだよ!」  彼は突然声を張り上げ、私を突き飛ばした。怯えるように揺れる瞳は、殺人鬼らしくない。きわめて解釈違いで不快だ。  やはり、なにかがおかしい。 「ファイナルガールのノアは、僕を殺さないといけないんだ!」  そう言うと、ジャックは私が投げ捨てた斧を拾った。 「さあ、この斧で僕を殺せ!」  あれだけ怯えた目をしていたくせに、彼は私に迫り、斧を押し付けてきた。  せっかく助けに来たというのに、彼の言葉が信じられなくて絶句する。 「絶対にいや! 私はあなたを助けるの!」  斧なんて受け取ってやるものか。私は両手を背中に回し、何度も首を横に振った。 「助けなくてもいいから、この斧を僕の胸に打ち込んでくれ」 「なんで、好きな人の胸に斧なんて振り下ろさないといけなの! 冗談じゃない!」  胸で斧を押し返すが、負けじとジャックも私に斧を持たせようとしてくる。  強引なところは嫌いではないが、これではらちが明かない。いったん、彼と話し合おうとしていた時、教会に乾いた銃声が響いた。  私とジャックは、発砲音がした方に視線を向ける。そこには、猟銃を天井に向けた中年の男がいた。  口元の大きなイボに、赤いくせ毛。何度か見かけたことがあるが、彼は街はずれに住む猟師だ。 「その娘から離れろ、殺人鬼!」  銃口はジャックに向いている。  猟銃を突きつけられ、ジャックは斧を持ったまま両手を挙げた。 「だめだ、来たらいけない!」 「今さら命乞いか? この人殺しめ!」  赤毛の男は興奮した面持ちで、こちらの話を聞く様子もない。猟銃を構えたまま、彼はじりじりとこちらに近づきてくる。その動きに合わせ、私とジャックは彼と間合いを取るようにゆっくり足を動かした。  壁にはめ込まれたステンドグラスの前に立ち、猟師は引き金に指をかけた。男の背後で稲妻が光り、逆光になった男の銃口の向きが一瞬、見えなくなる。  色鮮やかなステンドグラスの天使と悪魔が、私たちを見下ろしていた。
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