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「それにしても……」
鏡にちらっと視線を向け、顔の右半分についた仮面に触れる。その下には、赤黒いウサギ形の愛すべきアザがある。
「なんで仮面が右側なんだよ! 私がアザを気にして隠してるみたいでムカつく!」
見えざる手を持つ神様の解釈では、ノアが殺人鬼になるなら、アザを仮面で隠すらしい。ありえない。馬鹿にしている。
「こんなのかっ――」
「解釈違いだ!」
私が吐き捨てようとした言葉を、ジャックが代わりに叫んだ。
顔を真っ赤にしてジャックは怒り出す。
「君はそんな些細なことを気にせず、いつだって堂々としている。それに、ノアはウサちゃんの形だとアザを気に入っているというのに」
ジャックが話しているのは、映画のエリノアの話ではない。アザを気に入っているのは、この私だ。
「……そうだね、解釈違いだよね」
まったく、笑ってしまう。
この男はジャックとはかけ離れているくせに、私の心をたまに掴む。それがたまらなくムカついてしょうがない。
(いっそのこと、ジャックみたいな人ならよかったのに)
私をただの救世主にしてくれたら、こんなに心を乱されなかった。
生真面目で、融通が利かず、臆病で、力も弱く、誰にでも優しい。ずっと見てきたのだ。彼が殺人鬼だなんて、解釈違いもはなはだしい。
殺す側と殺される側として、私たちはお互いに観察しあっていた。きっと、私たちをこんなバカげたゲームに巻き込んだやつらよりも、お互いのことを知っている。
いい加減、狭い洗面所で話していても答えは出ない。今日はゆっくり休もうと、私たちは寝室へ戻った。
「キャラクターの解釈もまともにできないくせに、僕たちを操ろうとするなんて……」
ジャックは腹の虫がおさまらないらしく、ぶつぶつと文句を並べている。そんな彼を横目に、私はふと窓際のベッドに目を向けた。
薄いベッドの上に、なにかが置いてある。ジャックが荷物でも置いたのかと思ったが、彼は手ぶらだったはずだ。近づいてその形を確認した瞬間、顔から血の気が引いていった。
「いったいどこから湧いて出たんだ!」
ベッドに置いてあったのは、見覚えのある斧だった。この斧は、小屋の前に投げ捨てたはずだ。柄の部分にはハートフィールド家の家紋が刻印され、見覚えのある傷もついている。
とっさに斧から離れて壁に背中をつけた私をよそに、ジャックはその斧を持って掲げた。
「こんな世界、うんざりだ」
斧を持って唸る彼は、映画のジャックに少し似ていて、私はひそかに感動した。こっそり目を輝かせていると、彼は急に大人しくなり、斧をおろした。
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