3章

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「ジャック?」  さすがに心配になり、私はうなだれた背中に声をかける。ジャックはゆらりと体を傾け、背後の私に体を向けた。  斧を持って力なく腕を下げた姿が、映画の殺人鬼に重なる。まさか――と思っていると、ジャックは斧の柄を両手で掴み、胸まであげた。 「僕たちに、こんなものは必要ない!」  彼は膝で真っ二つに斧を折り、それを窓から投げ捨てた。  私が唖然としていると、部屋にノックの音が響いた。 「――お届け物です」  部屋の外から声がして、足音が遠ざかっていく。 「届け物?」  私たちがここに泊まっていることは、誰も知らない。なにかの間違いだろうか。私はジャックと顔を見合わせると、警戒しながらドアを空開けた。  廊下を見回すが、誰もいない。視線を下げると、ドアの横に斧が立てかけられていた。  捨てても折っても湧いて出る斧は、呪いにふさわしい。どうせ、ここに置いていても、また新しい斧が出現するだけだ。神の手に苛立ちながら、私は斧を持って部屋に戻った。 「なんだこれは……」  私がドアを閉めていると、ジャックの声がした。彼はベッドの上の黄ばんだ壁を見上げ、立ちすくんでいた。その視線の先にあったのは、赤く滴る血のようなもので壁に書かれた文字だ。 「どっちか選べ」  壁にはそう書かれていた。  ドアを開けて斧を持って部屋に入るまで、数分程度だ。窓は開いているが、一瞬のうちに物音も気配もさせずに文字を書けるとは思えない。 「逃がしてくれないってことか」  ジャックは文字に指を伸ばす。彼の指が触れる前に、文字はどろりと血のように溶け、壁に吸い込まれていく。跡形もなく文字は消え、元の黄ばんだ壁に戻った。 (どちらかが死なないと終わらないぞ、ってか)  ここはホラー映画の世界だが、こんな悪夢に閉じ込められているとは思わなかった。しかも、最愛キャラだと思っていた男は中身の違う転生者だ。隣で神妙な顔をする男を、私は横目に見る。 「……私は、ジャックに殺されてもいいけどね」 「なにを言い出すんだ、君は」  ジャックは冗談だと思ったのか、冷たい視線を私に向けてため息をつく。  解釈違いだなんだと言っているせいで、彼には本気に聞こえないらしい。残念なことに、半分冗談、半分本気だ。  たとえガワだけであっても、彼は紛れもなく殺人鬼ジャックに違いない。この世界に転生したのは、きっと彼を救うためだと信じている。安っぽいヒロイズムだと心の中でジャックを罵ったが、私のヒロイズムも大概だ。
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