3章

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「ここが映画の世界って気づいてから、私はジャックの最初で最後になりたいって思って生きてきたからね。私が殺せば、私は貴方の最後になれるけど、好きな人を殺すなんて私にはできない。だったら、貴方に殺されて、貴方の最初で最後になるしかないじゃん」 「まったく、君は勝手なことを」  呆れたように言い、彼は愁いを帯びた表情で眉を下げる。 「僕は君を殺さないし、君も僕を殺さない。これ以上、解釈違いを増やしてどうする。僕たちは僕たちのままで、この呪いを解かないといけないんだ」 「……呪いが解けたら、どうするの?」  私が固いベッドに腰かけると、ジャックも隣のベッドに腰を下ろした。 「街を離れてのんびり暮らすさ。殺人鬼の容疑がかかっていては、普通に暮らせない」 「その時は、私も着いていってあげるよ。貴方、一人だと嘘もつけないからすぐに捕まっちゃうでしょ」 「たしかに……! そうしてくれるとありがたい」  子供のように輝いた瞳を向けられ、私は気恥ずかしくなって鼻頭をかいた。 「もし、そうなったときは君の本当の名前を教えてほしい。僕も、ジャックなんて名前で生きることはできなくなるしね」 「そうなったときなんて言わずに、名前なんて今すぐ教えてあげるよ」  この先のことを考えると、憂鬱な気分も少しだけ晴れてくる。ベッドに座り、私はジャックを見上げた。 「本当の名前は――」  私が本名を名乗ろうとしたときだった。突如、窓の外が明滅し、雷鳴が鳴り響いた。おかげで、私の声はかき消されてしまった。  気を取り直し、もう一度口を開く。 「えっと、本当のな――」  再び名乗ろうとしたとき、窓の外を黒い無数の鳥が飛んでいった。すさまじい羽音に、声がかき消される。  渡り鳥だろうか。私は咳払いをし、改めて口を開く。 「だから、ほっ――」 「すみませーん、お食事をお持ちいたしました!」  突然部屋の扉が開き、カートに食事をのせた従業員らしき男が入って来た。 「なんだってんだよ、この世界は! 頼んでないっての!」  私は怒鳴りながら、男を追い返す。  これも、呪いだと言うのだろうか。名前まで取り上げられるなんて、まるでどこかの千尋と一緒だ。 「どうやら、本名を伝えることはできないようだ。徹底して、役になりきれと言うことだろう」 「……あー、バカバカしすぎて無駄に疲れた」  登場人物になりきれと言うことだろうか。私はげんなりして肩を落とす。 「まともな世界に戻ったら、貴方の名前を聞かせてね」  こうなったら、絶対に呪いを解いて大声で名前を叫んでやる。私は心に誓い、ジャックに小指を差し出した。 「ああ、約束だ」  ジャックは私の小指に自分の小指を絡めた。
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