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 翌日、宿の受付にあるベルを鳴らし、赤ひげの主人を呼んだ。 「――おや、今日はまた違った仮面なのですね」  宿屋の主人は私とジャックの顔を見比べる。昨日とは違う半分しかない仮面を、物珍しそうに見ていた。  ジャックはバレないかと緊張しているのか、男から顔をそむける。まったく、そんなことをしたら余計怪しまれるではないか。内心ため息をつき、私は顔に笑みを張り付けた。 「イメチェンです!」 「よくお似合いですよ」  ふさふさの口ひげを撫で、彼は「ほほ」と笑う。彼は私とジャックが本当の恋人同士だと信じているようだった。 「昨日はよく眠れましたわ。……少ないのですけれど、これは心ばかりのお礼ということで」  布に包んだチップを渡す。それを見て、男は目元にシワを作って笑みを深めた。 「ぜひ、またごひいきに」  お金を胸元に収めてもみ手をする男に見送られ、私たちは宿を後にした。  外に出たとたん、隣で憂鬱そうな長いため息が聞こえた。  きっとまだ彼は、嘘をついたことに罪悪感を抱いているに違いない。ジャックの背中を軽く叩くと、丸まっていた背筋がピンと伸びた。 「嘘をつくときは堂々とが鉄則なんだよ。堂々としてれば、だいたいのことは乗り切れるから」  私が言うと、再びジャックの背中が丸まった。まったく、ダンゴムシみたいな男だ。 「お、お腹痛い……」 「宿でトイレに行ってこなかったの?」  お腹をおさえながら歩くジャックの背中をさするが、ほっといてくれと距離をとられた。 「それよりも、これからどうする? こんな変装とも言えない格好では、気づかれるのも時間の問題だ」 「私はジャックで、ジャックはノアなわけだから、このままどこかに逃避行してもいいと思うんだよね。どこか、遠くに行って暮らしたら、万事解決!」  街を囲む塀を超えた先には、また森が続いている。森を抜ければ、さらに隣の街があるはずだ。そこも駄目なら、もっと遠くの街に行ってもいい。  背中を丸めたままのジャックに、親指を立てて見せる。親指と私の顔を見比べ、またジャックは深いため息をついた。 「よく考えると、君と二人は少し不安だ……」 「私のほかに、貴方と一緒にいたいと思う人なんて、そうそういないと思うけど。いつまでも憂鬱な顔してないで、覚悟を決めてよね」  彼の肩を叩き、私はマントの下に隠した斧に触れた。捨てても戻ってくるなら、持っていた方が安心だ。 (一晩経ってもなにも起こらなかったけど、お話を終わらせたい神様がこのまま引き下がるとは思えないしね……)  私はお腹をさすっているジャックに視線を向け、周囲に気を配る。
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