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 街は変わりなく、誰一人私たちが殺人鬼ジャックと寄宿学校の生徒ノアだと気づいていない。それが逆に、不自然だった。街角のお店には、指名手配されているジャックの似顔絵が貼ってある。私はそれをはがし、じっと見つめた。 「――ノア、そんなものを持っていると、怪しまれるぞ」 「ううん。たぶん大丈夫。怪しまれるなら、とっくに怪しまれてるはずだよ」 「堂々としているからではないのか?」  ジャックはきょとんと小首をかしげる。たしかに、この男を見ても殺人鬼だとは誰も思わないかもしれない。  この世界は、殺人鬼が殺されて終わる。今は、私かジャックのどちらかだ。このまま、どちらもお互いを殺さなかったら、誰が殺人鬼を殺すのだろう。  不意に背後から視線を感じ、振り返った。 「どうかしたのか?」 「いや、ちょっと」  一瞬、目の前の風景が止まった気がした。まるで、映画を一時停止したような変な感覚にめまいがする。  街は相変わらず、にぎやかな声が行き交っていた。通りの人たちにも、変わったところはない。  ぼんやりしていると、道を行きかう人と肩がぶつかった。 「……すみません」  低い男の声がして、視線を上げる。重たい麻袋を背負った行商の大男が、軽く頭を下げて通り過ぎていく。 (あの男、どこかで――)  男の背中を見送っていると、ジャックに肩を叩かれた。 「別の街に行くなら、早くした方がいい。次の街まで歩くとなれば、一日はかかるぞ」 「う、うん」  私が転生してから行ったことがあるのは、この街までだ。生まれた街と、寄宿学校のある街、そしてこの街。ここからは、映画の世界には出てきていない。  逃避行とは言ったものの、物語から飛び出す不安に駆られ、急に体が強張った。  「まずは、旅支度をしないと。これから、長旅になるかもしれないんだから。貴方、なにも持っていないでしょ?」  不安をかき消すように弾んだ声で私が言うと、ジャックは「では、市場へ向かおう」と提案した。  話もまとまり、私たちが宿から離れようとした時だった。 「――よかった、まだいた。お客さん、忘れものですよ」  慌てた様子で、宿から赤ひげの主人が出てきた。彼の手には、私が宿に来た時に付けていた白い仮面がある。
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