4章

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4章

 赤ひげの男の背中を見失わないように、私は街の路地裏を走り続けた。民家の間をすり抜け、外壁をよじ登り、男は街の外に逃げ出した。 「おい、待てって!」  この壁を越えた先は、次の街に続く森が広がっている。私は壁を越え、男の後を追い続けた。 「……なんだ、これは」  森に入ってすぐ、目の前に現れたのは漆黒の影だった。夜よりも深い闇が、上下左右に広がっている。空を見上げると、影は点に届くほど伸びているが、さっき走ってきたときには、なにも見えなかった。視線を下げると、地面に生い茂った草木が、影を境にぷつりと切り取られて消えている。  暗闇と日差しに照らされた【こちら側】の境界線沿いに歩いていると、うつぶせになった両足が見えた。近づくと、男の上半身が闇の中に入り、こちら側に腰から下の部分が出ていた。足を突いてみるが、ぴくりとも動かない。  私は空つばを飲み込むと、男の両足を持ち、ずるりと引っ張った。男の体は予想以上に軽い。見ると、闇で見えなかったお腹から上の部分がなくなっていた。 (いったい、これは?)  残った男の体はゴムのようにぶよぶよとして、肌は青白く生気がない。上半身はきれいになくなっているが、血や内臓は出ていなかった。  男の足から手離し、暗闇に目を凝らす。この先は、次の街に繋がっているはずだ。実際に行ったことはないし、見たこともない。生まれた街から寄宿学校のある街まで来た時は、たしか移動は馬車だった。記憶をたどるが、この先の街も通ったはずなのに、景色が思い出せない。 (覚えてないのは、私がずっと寝てたから? それとも……)  私は足元に転がる石を拾い、闇の中に投げ入れた。闇に吸い込まれるように石は消え、地面に落ちた音もなにかに当たった音も聞こえない。  代わりに、暗闇からひらひらと白い物体が飛んできた。風もないのに一枚の紙が宙を舞い、私の手元に落ちる。 「助かりたければ、この中に飛び込め?」  紙には、そう書かれていた。  まさか、この危ない闇に飛び込めと言うのだろうか。これは罠か、それとも見えざる神の手の意思か。 (この中に飛び込めば、本当にこの世界から抜け出せる?)  私は紙を握りしめ、闇を見つめる。罠だろうと、本当だろうと、どちらにせよ、ジャックに相談したい。  いったん、街に戻ろう。そう思い、踵を返した時だった。 「――殺人鬼を殺せ! 処刑しろ!」  街の方から、人々の怒号が風に乗って流れてきた。  まずい。ジャックを一人残してきてしまった。私はマントの下に隠した斧を取り出し、街に向かって駆け出した。
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