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「私はエリノア。ノアって呼んで。よろしくね、ジャック」  この頃の彼は、家庭環境から極度に憶病な人間だったはずだ。辺りを見回しながら、恐る恐る私の手を握る彼に、おさえきれず笑みが深まる。 「……よ、よろしく」  消え入りそうな彼の声を聴き、私は強く彼の手を握り締めた。 (私は彼を暗闇の世界から救い出す、救世主になるんだ。そうすれば、彼のすべてになれる)  その日から、私は入念に計画を立て、彼を殺人鬼にしない方法を考えた。まずは彼の友人になり、複雑な家庭環境に介入――しようとしたのに、なぜこんなに彼の両親は仲がいいのだろう。それに、取り巻きはいても、友人なんていなかったはずじゃないか。 「ご、ごきげんよう、ノア」  友人たちと寄宿学校を歩いていたジャックが、私に気づいておずおずと話しかける。 「ごきげんよう……」  表向きは品行方正での優等生。どこか影のある彼は、寄宿舎の寮長を務めている。一見誰からも好かれているが、人と一定の距離をとる近寄りがたい存在。それが、映画のジャックの設定だったはずだ。 (おどおどきょろきょろと……。こんな男がジャックなわけがない)  社交的な性格ではないながらも、彼には友人がいる。読書クラブの会員で、成績は優秀。とくに成績や家柄をひけらかすわけでもなく、注目されるわけでもない地味な男。それが今のジャックだった。  本来のジャックは、いつだって虚勢を張って、自分をよく見せるために必死だった。級友はおらず、成績は優秀だがわざと悪い点を取ったりする。そうやって教師をからかっては、生徒たちの注目を集めるような男だ。自分の身に起こるすべてに怒りを感じ、おさえられない感情が、ある日爆発する。  そして、連続殺人事件が起こるのだ。 (解釈違いにも、ほどがある……!)  どこで間違ってしまったのだろう。いつの間にか、彼は原作のジャックとは似ても似つかない人間に成長していた。 (彼を助けるのは私だったはずなのに、この男が本当に殺人鬼になるはずがない)  勝手に原作を変えられると、計画が狂ってしまう。  このままでは、彼の救世主になれない。歯がゆさに苛立ちながら、来たるべく日を信じて私は鍛錬を続けた。なにか良くないことに巻き込まれても、絶対に彼を守れる力を手に入れたい。その思いが通じたのか、私の耳にある知らせが入る。  ――町の外れで殺人事件があった。  映画の時間軸がようやく始まったのだ。吉報とは言えない噂に、私は斧を握りしめたのだった。
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