2章

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2章

 暗い森の中、烏の鳴き声と二人分の足音が重なる。湿った木の根や草に足を取られないよう、つま先に力を入れた。 「――つまり、この世界は呪われていると?」 「そうとしか思えない」  けもの道に垂れ下がった枝葉を払いながら、前を歩くジャックが答えた。さすがに森の中で彼を抱えるのは難しく、お互いに自分の足で歩いている。  教会から飛び降りた後、窓下の植え込みに着地した私たちは、裏手の隣町に続く森に逃げ込んだ。  映画の設定だと、この森の獣道を抜けた先に、山小屋がある。山小屋に逃げ込んだノアが殺人鬼に見つかるシーンは、ジャックの見せ場のひとつだ。 (本当なら、あの小屋で猟師が殺されるんだよね)  映画と筋書きが変わってきている。この世界は、つじつまを合わせようと躍起になっているようだ。  だからと言って、私がジャックを殺すなんてありえない。 「僕が殺さなくても、僕が死なない限り、次々と人が死んでいく。これを呪いと言わず、なんと言うんだ」  今までの殺人事件も彼の仕業ではなく、彼の仕業に見せかけた事故だったそうだ。映画のようにジャックが誰かを殺さなくても、神の手が殺人事件を起こす。  まさしく呪いだ。 「でも、やっぱり貴方が殺人鬼じゃなかったんだね。私は信じていたから」 「はあ、ありがとう」  辺りを警戒しながらあたりに目を配り、彼は私にそっけない言葉を返す。  せっかく逃げてきたというのに、さっきから彼は私なんていないような態度だ。 「ずっと見てきたんだから、貴方が殺人事件なんて起こす人じゃないことは知ってる。映画のジャックとは全然違うし、おかしいと思ったんだよね」  どうやら彼も私と同じように、この世界に転生した人間らしい。  彼に与えられたのが、殺人鬼役のジャック。映画のような殺人鬼にならないように、彼も今まで苦労したみたいだ。 (だから、あんなに解釈違いだったんだ)  それなら納得だ。やはり目の前にいる男に、連続殺人など起こせるわけがなかったのだ。  一人納得していると、ようやくジャックはちらと私を一瞥した。 「僕も、君をずっと見てきたが、まさか僕のことを殺せない人だとは思わなかった」 「私が好きな人を殺せるような女だと?」 「そうではなく、君は――」  言いかけて、ジャックの体が急に目の前から消えた。直後、草木の上を重たいものが転がり落ちる気配がした。
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