2章

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 彼が消えた場所に目をやる。けもの道を外れた斜面の下に、彼はうずくまっていた。どうやら、足を踏み外して落ちたらしい。  どんくさい殺人鬼にこっそりため息をつき、私はぬかるんだ斜面を、滑るように降りた。 「大丈夫?」 「す、すまない」  手を差し出すと、よたよたと私の手を取ってジャックは起き上がった。  泥だらけの服を払う彼の背後に、ふと視線が止まる。見えたのは、古ぼけた山小屋だった。小屋は私たちを迎えるように、月明かりに照らされている。 「おあつらえ向きとは、このことだね」  壁には蔦が絡まり、屋根には枯れ草が積もり、長年手入れされていないのが分かる。獲物を迎え入れ、殺人鬼が襲うために作られたような、怪しい小屋だ。 「あそこにいったん、隠れよう」  小屋を指さして言ったジャックに、私はうなずいた。  軋む木製のドアを開いたとたん、誇りとカビや湿気の混ざった臭いが鼻をつく。天井からは蜘蛛の巣が垂れ下がり、歩くたびに顔に張り付いてくる。破れたカーテンの隙間から月明かりが射し込み、部屋をうっすらと照らしていた。  狭い小屋には、暖炉や壊れた皮の椅子、ベッドが置いてある。人が一人暮らせるくらいの、簡素な造りだ。ベッドはカビやシミだらけで、使えたものではない。床には白い絨毯と見間違うほどほこりが積もり、歩くたびにギュッギュと音がしそうだ。人の気配はないが、なぜかそこかしこから視線を感じる。 (不気味だ……)  空気を入れ替えようと、私は窓を開けようとした。その手てをジャックが掴み、引き留める。 「窓を開けると、外のやつらに気づかれるかもしれない」 「気づかれたら、気づかれたでいい気もするけど」 「ダメに決まっているだろう。君も、さっきの光景を見たはずだ。ここに来た人間が、どうなるか、考えるまでもない」 「だからって、こんなところにいたら、私たちが死んじゃうって」  こんな埃とカビだらけの部屋、一晩過ごすだけでも病気になりそうだ。ジャックの声も聞かず、私は窓を開けていく。
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