1章

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1章

【ファイナルガール】__映画のラストまで生き残った、あるいはホラー映画の殺人鬼などを最後に殺す女のこと。  地上を揺らすほど大きな雷鳴が響いた。ひびの入ったガラス窓から明滅した光が射し込み、薄暗い教会を照らす。  森の奥にある古びた教会には、湿気をおびた埃の臭いが立ち込めていた。礼拝堂の奥の重たい扉を開き、私は二階に繋がる階段を上っていく。  獣の唸り声のような雷が外から聞こえてくるが、まだ雨は降っていない。 (彼を殺すと、雨が降るんだっけ)  この先の鐘楼に繋がる部屋で、彼が待っている。斧を肩にのせ、階段部屋の窓に視線を向けた。黒い雨雲の浮かぶ夏の空には、不釣り合いな満月がぽっかりと浮かんでいた。  石壁に触れると、ひんやり冷たい感触が手のひらに伝わる。階段を上がった先には、豪奢なステンドグラスが待ち構えていた。  その前に立つのは、白い仮面で顔を覆った男だ。私の気配に気づき、彼はゆったりと振り向く。 「――ようやく貴方に会えた」 「僕も君を待っていたよ、ノア」  ジャックの顔が、明滅した稲妻に照らされる。仮面に空いた二つの穴からのぞく鋭いヘーゼル色の瞳が、私をとらえた。  斧を握りしめ、私は彼に歩み寄る。一歩一歩踏みしめながら近づくと、彼は私に向かって両手を広げた。  すべてをさらけ出した彼の姿に、胸が熱くなる。 「ジャック……。私も愛してる」  私は彼の広い胸に飛び込んだ。土と血の臭いが染みついた黒いジャケットの匂いを、肺を満たすように吸い込む。  彼の背中に腕を回すが、一向にジャックは両手を挙げたまま私を抱きしめ返さない。照れているのだろうか。顔を上げると、白い仮面からのぞく双眼が、私を見下ろした。 「いやいや、意味が分からない。ちょっと離れてくれる?」  肩を掴まれ、ジャックは私を引き離した。綺麗なヘーゼル色の瞳に私の顔が移りこんでいる。  困惑に染まった瞳に、私は首をかしげる。そんな私につられるように、ジャックも首を傾げた。
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