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ヨシヒコが呪いをかけられて一ヶ月が経過した。
腕の立つ魔術師や高名な医者、学者。あらゆる場所に助けを求めたが、解決策は依然見つからない状態である。
歌を聞くしかない。それもとびきり素晴らしくて、君の心に衝撃を与えるような歌を。
彼等は皆一様に、呪いをかけた術者と同じことを口にした。
ヨシヒコがその呪い師に目を付けられたのは偶然だった。
呪い師としては一流だが、本業のミュージシャンとしては芽が出ない男は、自身の才能を認めさせるため、通りすがりの一般人に呪いをかけたのだ。
つまり、とびきり素晴らしくて、心に衝撃を与えるような歌を聞かなければ解けない呪いだ。
呪い師は、慌てふためくヨシヒコに鷹揚に笑ってみせた。
安心しろ。私が呪いを解いてやろう!
そう言って、下手とは言い難いが拍手まではしづらい微妙な歌を披露した。もちろん呪いは解けずじまいだ。
呪い師は酷く落ち込んで、まだまだ修行が必要だとその場を立ち去った。呪われたヨシヒコを残して。
「ふっっざけんな!」
ダン!と拳でテーブルを叩く。それなりに大きな音はしたが、騒がしい酒場だったので誰も注意する者はいなかった。
皆思い思いに酒を飲み、踊り明かし、この夜を楽しんでいる。死にそうな面で酒を傾けている者など、ヨシヒコしかいなかった。
俺はこの世で一番不幸な人間だ。絶望に打ちひしがれながら、すっかりぬるくなったビールをあおる。
「お兄さん、元気ないね」
そう言って、向かいの席に女性が座ってきた。
肩まで切りそろえられた黒髪と、揃いの真っ黒な目が特徴的だ。
少女と言っても差し支えのない風貌は、酒場には些か不釣り合いである。
元より年下に興味がなく、現状を嘆く他ないヨシヒコにとっては嬉しくもない出会いだ。一体何の用だと、しかめつらをする。
「さっきも怒ってたし。ね、アタシに話してみてよ。解決したげる」
「奢らねぇぞ」
少女はわかりやすく不機嫌な顔をした。そのうえ舌打ちまで落とし、愛想のいい笑顔を引っ込める。
「ンだよ。こんな美少女が声かけてるってのにさぁ」
頬杖をついて悪態をつく少女は、案の定奢られ目的だったらしい。着ている服が若干古びていたので察しはついたが、それにしたって本性を表すのが早い。
さっさとどこかに行けとしっしっと手を払ったが、なぜかその場を動こうとしなかった。
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