事の始まり

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 時は大正。  和洋折衷の様々な感覚が花開き、伝統にとらわれないモダニズムの波は、志乃の暮らすこの街にも広がっている。  女性の社会進出の機会も増え、颯爽と街並みを歩く様は女学生たちの憧れの的だった。  うっとりとため息をついた志乃は、我に返って慌てて顔を上げる。  二人の妹を、ご近所さんへあずけて出てきているのを思い出したのだ。 「(はな)(ふじ)を迎えに行って、すぐにお米を研いで……」  志乃は指を折りながら、ぶつぶつと独り言をつぶやく。  志乃の家には父がいない。  一番下の妹が生まれてすぐに病気で倒れ、そのままあれよあれよという間に亡くなった。  父は尋常小学校で校長をするほどの人物だったが、かなりの酒好きで、校長室で酒を飲み、鹿が出たと聞けば仕事中でも構わずに、猟銃を持って飛び出して行くような人だった。  そんな父に母はどれだけ振り回されたか知れない。  それでも文句ひとつ言わず父についていた母は、父の死後は自分も教師となり、女手一つで志乃たち三姉妹を育ててきた。
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