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花嫁舟と花嫁に捧げる歌
姪が花嫁舟に乗り、本州へ嫁に行くのを見送りに、私は夫と港に来ました。
花嫁船を見ながら、私は遠い昔を思い出しました。
あれはまだ戦後間もない頃です。私はまだ中学生で、大きい兄さんと小さな離島で暮らしておりました。私の肉親は兄だけでした。
それというのも、小さい兄さんと父は戦争で亡くなってしまいましたし、母さんはそれを苦に死んでしまいました。
今、兄は全快していますが、あの頃兄は病気を患って、兵役を逃れたのです。それで戦争で死なずに済んだのです。それを悪く言う人もいますが、私は内心嬉しかったです。私に兄が残ったのですから。
兄と私の生活は、二人でやっと食べていけているくらいの、とても貧しいものでした。
兄は美丈夫でしたし、中学しか出ていませんでしたが、とても賢い人です。上品で清潔でしたから、女性にはもてていました。
でも、貧しさや私の世話を理由に、恋愛1つしませんでした。
兄には特技がたくさんあります。素潜りや暗算なども得意です。
でも1番目を引く特技は歌でしょう。
――兄は歌がとても上手なのです。
それで花嫁舟に乗って花嫁が本州に嫁ぐ時、兄は花嫁舟の船頭をするよう、頼まれる事が多かったのです。
花嫁に餞の歌を歌う事が、花嫁舟の船頭の仕事の1つだったからです。
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