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さて、ここからは兄や花江さんから聞いた話と、私の補足を混ぜた話になります。
兄が24歳で、私が中学2年の秋でした。兄が仕事を終えて会社から出ると、兄が務めている会社のご令嬢である、花江さんが待っていたそうです。小さな島社会ですから、同じ年代の花江さんと兄は幼い頃から見知った仲でしす。私はと言えば、花江さんと直接は面識がありませんでしたが、花江さんは島の有名人です。時々見かけては、綺麗な人だと思っていました。
花江さんは、本州から嫁いできた母親に似て、美しい人でした。その美しさに磨きをかけるように、花江さんは常に流行の服を着て化粧をし、美しく御自分を演出していました。ですので、着ているもの身のこなし、すべてが洗練されて、田舎の離島では浮いて見えました。
浮いて見えた理由は他にもあります。彼女の性質です。甘やかされて育っていましたから、我儘で気が強く、言いたいことを言う性分でした。そんな見た目と性質の為に、島の皆には、花江さんは何処か遠い存在だったのです。
それで島のものは、遠巻きに彼女へ接していました。
美しい花江さんが、兄に声を掛けてました。
「少し良いかしら?」
兄が仕事仲間へ、目をやります。
仲間たちは、目配せして二人から離れて行きます。
兄が花江さんに言います。
「少しなら。帰ってから家事をしないと……」
花江さんと兄は、会社から離れるように歩き出します。会社の人たちの目を気にしたからです。
「何か御用ですか?」
「私、結婚が決まったんです」
「おめでとうございます」
「めでたくなんかないです」
「でも、本州の名家だと聞いてます。海運業や養殖を営まれているとか……」
「既に、正雄さんまで知っているんですか?」
「すいません。でもこの島は狭いし……。あなたはこの島の有名人だ」
「そうでしょうね」
「それに……、実は、私が花嫁舟の船頭をすることになったんです」
「正雄さんが、花嫁衣装を着た私を、本州に送るのですか?」
「そうです」
「酷い。酷いわ」
「酷いって……」
「正雄さんは私の気持ちを知っていながら、私を本州に送りつけるんですね? 私のことをどう思っていますか?」
「そんな事を聞かれても、あなたは私とは違うんです。私は妹を抱えて、生きるのに手一杯ですから」
「私の事が、好きですか?」
「俺は、愛とか、恋とか。許される人間ではないんです。だから、花江さんを好きとか、嫌いとか考えてこともありません」
花江さんは、とても冷たい目で兄を見て、立ち去って行ったそうです。
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