花嫁舟と花嫁に捧げる歌

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 30分もすると本州について、花江さんは病院に運ばれて行ったそうです。  そして片岡家当主で花江さんの父親が、兄に向かって苦しげに言ったのです。  「分かっている。事情は他の者達から聞いて、私の娘が一番悪いことは分かった。しかし、正雄を島に戻すことは出来ない」  「島には妹がいるんです。連れに戻って宜しいですか?」  「ダメだ。お前の妹は、私が預かる。正雄はこのまま本州で暮らせ。花江の仕出かした事で、花江が嫁ぐはずだった冨安家は大変立腹されている。正雄は花江を助けたが、汚しもしたのだ。花江を汚した男を、島に戻すことは出来ない」  兄は島の有力者に逆ら力はありませんでした。従う他なかったのです。  「わかりました。妹をよろしくお願いします」  兄はそれから消息を絶ちました。  ここからは、私が片岡家で見聞きしたことです。  私は、兄と片岡家の約束通り、片岡家で暮らし始めました。私は使用人扱いになるとばかり思っていましたが、娘のような扱いを受けることになり、とても驚きました。その当初は何故そのような扱いを受けたか知らなかったのですが。後になってわかりました。片岡家の長男が、戦争で片足を失って、嫁の来てがなかったのです。それで、私を高校まで出して、躾を施し、長男の嫁にしようという心つもりだったのです。結局私は片岡家の長男に、嫁ぐ事になってしまいました。しかし、彼は心根の優しい人で、彼との間に子は出来ませんでしたが、今でも愛して止まない夫です。  さて話を戻します。  海に落ちて、一命を取り留めた花江さんは、それから心を閉ざししてしまいました。  誰とも口を聞かず、離れの自分の部屋に閉じこもって出て来なくなったのです。  それでも最初の数年は、たまに庭を散歩したりしていましたが、それもだんだんしなくなっていきました。    元々食が細かったのに、更に食事が進まなくなり、風呂も嫌がり、着替えもせず。  痩せた身体は、更に痩せていきました。  私の目には、花江さんが、消極的な死を選択して、死んで行くのを待っているように見えました。  片岡の父は、医者をほうぼうから呼び、花江さんを診せましたが、花江さんの状態は悪くなり一方でした。  花江さんは、草木が枯れるように弱っていきました。自分の手を、自分の意思で動かすことさえ、難儀し始めました。  
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