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その娘が、今から花嫁舟で本州へ渡って行きます。
夫と私が港で見送りました。
私は舟へ乗る姪に言いました。
「花嫁舟から落ちないで」
姪は笑って言いました。
「そんな間抜けじゃないよ」
私は苦笑いしました。姪の笑顔が、花江さんに重なって見えました。
以前兄が、花江さんに似た姪をみると、切なくなると言っていました。
大きくなって、ますます姪は花江さんに似てきたようです。
結婚式で兄は、花婿に拐われる娘を見て、何を思うのでしょう?
私はそれがとても楽しみです。
私は姪に伝えます。
「これから直ぐに、車で橋を渡って、結婚式に出るから」
花嫁舟が本州に着いたら、そのまま港側の式場で結婚式が行われるのです。
姪は元気に言いました。
「遅れないで来てよ!」
私と夫は頷きます。
数年前に島と本州を繋ぐ橋が掛けられて、今は車で行き来する人がほとんどです。
私の夫の会社は、橋ができてからすっかり仕事が減ってしまいました。海運業は儲からず、他の事業に形態を変えている途中です。夫は毎日四苦八苦しています。ただ、夫がどんなに頑張っても、私達には跡継ぎがいません。ですので会社は、夫のだいで畳むか、売るつもりです。その憎い橋を便利に渡って、結婚式に向かいます。
――時代の変化を止めることは出来ません。
「私はおばさんとおじさんに育ててもらった。もう一人のママとパパだと思っているよ」
姪はそう言い、花嫁舟に乗り込んでいきます。姪は笑顔なのに、夫は涙ぐんでいました。
舟には先に姪のお相手が乗り込んでいて、姪の手をひいて、舟に引き乗せます。
昔とは違い、今は花嫁舟には花婿が同乗出来るのです。嫁荷も積んでいません。
若い二人の、単なる結婚のイベントでしかないのです。
ですから、娘が嫁にもらわれていく悲壮感はそこにはありません。
――時代は変わっていくのです。
笑顔で姪とお相手が私と夫に手を振ります。
私達も笑顔で舟に向かって手を振ります。
舟から歌が流れてきました。
昔と歌は違ってしまい、今の流行歌が聞こえてきます。
男女が手を取り合って、共に明るい未来を築く内容の歌です。
私は舟に向かって叫びます。
「ありがとう――!」
思わずありがとうと叫びました。
何を感謝したのが、私は分かりませんでした。
でも、ありがとうと心の底から思ったのです。
――Fin――
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