隠された月

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悠真はカフェの窓際の席でぼんやりと外を眺めていた。春の柔らかな日差しが彼の顔に差し込み、街路樹の新緑が風に揺れている。彼の最新の小説が成功を収め、メディアからの注目が集まっている中、彼自身はその喜びを素直に享受できずにいたのである。心の奥底には、誰にも打ち明けられない秘密が重くのしかかっていた。 チリンと明るいベルの音が鳴る。ふと顔を見やると、入り口に立っていた幼馴染の葵と目が合った。葵の瞳は、いつもと変わらぬ温かさで悠真を見つめている。彼女は軽やかに歩み寄り、彼の隣に座ると、快活な声で話し始めた。「おめでとう悠真。明日のパーティ、きっと素晴らしい夜になるわよ。」悠真はとっさに笑顔を作り、心の中で葛藤しながらも、「ありがとう、葵。お前が来てくれると心強いよ」と答えた。 その晩、彼は友人の隆司と会い、静かなレストランで二人だけの夕食を共にした。キャンドルの柔らかな光がテーブルを照らし、静かな音楽が心地よく流れている。隆司は、悠真の様子がおかしいことにすぐに気づき、眉をひそめて尋ねた。「なんだ、お前最近元気ないな。大丈夫か?」悠真は苦笑いを浮かべながら、心の中で揺れる感情を隠そうと必死だった。「葵にも言われた。大丈夫だよ、ちょっと忙しくて」とごまかした。隆司は彼の言葉を信じたが、悠真の心は自分の秘密によって重く沈んでいた。彼の心の奥には、隆司への募る想いとそれに伴う罪悪感が交錯し、どうしようもない孤独感に苛まれていた。 彼らの友情は長く、深いものだったが、悠真は自分がゲイであること、そしてそれを隆司に打ち明けることができずにいた。幼い頃からの友情が崩れる恐れと、自分自身を隠し続ける疲れとの間で、彼の心は日に日に重く沈んでいった。隆司の無邪気な笑顔を見るたびに、悠真の胸は締め付けられ、言えない秘密がさらに彼を苦しめた。 翌日のパーティは、悠真の成功を祝うために多くの著名人や友人が集まり、華やかに行われた。豪華なホテルのバンケットホールにはシャンデリアが輝き、会場にはカメラが並び、フラッシュが眩しく光る。悠真は華やかなスーツに身を包み、表面的には喜びに満ちた笑顔を浮かべ、祝福の言葉を受け取っていた。彼の周りには笑顔が溢れ、シャンパンのグラスが交わされる中、悠真の心の中ではそのすべてが虚しく感じられていた。 「ありがとうございます、皆さんのおかげでこの成功がありました」と感謝の言葉を述べる悠真。しかし、彼の内心はまるで空っぽのようだった。煌びやかな会場と対照的に、彼の心には冷たい風が吹き抜けていた。隆司の姿を見つけると、一瞬だけ彼の視線が交わり、悠真はかすかに微笑んだ。だが、その微笑みの裏には、言い表せない痛みと孤独が隠されていた。 会場の喧騒が続く中、悠真は自分の居場所を見失いそうになり、誰にも見られないようにそっと一息ついた。彼の成功を祝うこの夜は、皮肉にも彼にとって最も孤独な夜となったのである。 パーティの後半、悠真は会場の片隅で一息ついていた。華やかな音楽と人々の歓声が遠くに聞こえる中、彼の心は重く沈んでいた。すると、隆司が彼に近づいてきた。「悠真、やっぱりお前、どこか様子がおかしいぞ。何か悩んでいることがあるなら、話してくれよ。」隆司の真剣な眼差しに、悠真は一瞬ためらったが、すぐにいつもの笑顔を作り直した。「大丈夫だよ、隆司。ただの疲れだ。」 しかし、その言葉には自身でも信じられないほどの虚しさがこもっていた。隆司は心配そうに見つめ続けたが、それ以上は何も言わなかった。 パーティが終わった後、悠真は自宅に戻り、一人で深く考え込んだ。煌びやかな夜の残響が静寂に変わり、自分の心の声が一層大きく響いた。自分の秘密を抱え続けることの苦痛が、日に日に重くなっていることを感じていた。そして、自分が本当に何を望んでいるのかを見つめ直す必要があると悟った。 数日後、悠真は意を決して、隆司に全てを打ち明ける決心をした。彼は隆司をカフェに呼び出し、静かな場所を選んで座った。午後の日差しが窓から差し込み、二人の影が床に映っていた。隆司は不安そうに、「何か重大な話があるのか?」と尋ねた。 悠真は深呼吸し、心の中で何度も繰り返した言葉を慎重に選びながら話し始めた。「隆司、俺にはずっと言えなかったことがある。お前にはずっと隠していたんだ。」隆司は驚いた表情で悠真を見つめ、「何があったんだ?言ってくれよ、どんなことでも俺は聞くよ。」と言った。 悠真は一瞬目を閉じ、心を決めた。「実は、俺はゲイなんだ。ずっとお前に打ち明けられなくて、本当に辛かった。」その言葉が出ると、悠真の胸に重くのしかかっていた重圧が少し和らいだように感じた。隆司の表情には驚きが浮かび、しかしすぐに理解と優しさが戻ってきた。 「そうか…。お前がそれを言うのがどれだけ辛かったか、俺には分からない。でも、俺は変わらないよ、悠真。ずっと友達だ。」隆司の言葉に、悠真は涙がこぼれそうになりながらも、初めて心からの笑顔を見せた。 「突然ごめん。でもありがとう、隆司。お前にだけは、本当のことを言いたかったんだ。」彼の心は長い間の秘密を打ち明けたことで、少しずつ軽くなっていくのを感じた。 隆司は彼の肩に手を置き、「何があっても俺はお前の味方だ」と力強く言った。その温かい手のぬくもりが、悠真の心に深く染み込んだ。カフェの静かな空間で、二人の間には新たな理解と絆が生まれた。 「本当にありがとう、隆司。」悠真は涙を拭いながら言った。「ずっと心に秘めていたことを話せて、こんなに安心できるなんて思わなかった。」 隆司は微笑み、「お前が楽になるなら、それでいいんだ。これからもずっと友達でいよう。」と言った。彼の言葉には真摯な思いが込められており、悠真はその温かさに包まれた。 その日、悠真は初めて心からの安堵を感じながらカフェを後にした。隆司との友情が新たな形で強固になり、彼の心には新たな希望が灯ったのだった。これからも多くの困難が待ち受けているかもしれないが、彼には隆司という心強い味方がいる。それが、悠真にとって最大の救いであり、力となった。 悠真は隆司にカミングアウトしたことで心の重荷が少し軽くなった。しかし、彼の心の中にはさらに深い悩みがあった。実は、悠真は隆司に恋心を抱いていたのだ。しかし、その気持ちを告げることは、自分たちの関係を壊すことになるかもしれないという恐怖から言い出せずにいた。隆司の友情と優しさに触れるたび、その想いはますます強くなり、同時に苦しみも増していった。 数日後、隆司の「葵にも言ったらどうだ?」という言葉に突き動かされ、葵にも真実を伝える日がやってきた。悠真は彼女を自宅に招き、リビングで向かい合った。窓から差し込む柔らかな光が二人の間を照らし、静かな時間が流れた。葵は悠真の表情からただならぬことを感じ取り、「何か話があるのね」と静かに言った。 悠真は深呼吸をしてから、「葵、実は俺、ずっと隠していたことがあるんだ。俺は男性が好きなんだ。」と言った。葵は一瞬驚いたが、すぐに微笑んで「それが何?悠真が悠真であることに変わりはないわ」と答えた。その言葉に、悠真は再び涙を浮かべ、「ありがとう、葵。本当にありがとう」と感謝の気持ちを伝えた。 葵は優しく微笑みながら、悠真の手を握った。「あなたが自分らしくいられることが一番大事よ。ずっと友達でいられることが、私にとっても幸せだわ。」その温かい言葉に、悠真の心はさらに軽くなり、深い安心感が広がった。 その晩、悠真はベッドに横たわりながら、隆司と葵の優しさを思い出していた。彼らの支えに感謝しつつも、隆司への恋心をどうするべきか、再び考え始めた。自分の気持ちを隠し続けることはできないと感じつつも、告白する勇気が持てないでいた。 数日が過ぎ、悠真は自分の気持ちと向き合う決心をした。自分が本当に何を望んでいるのか、そしてそれがどんな結果を招くのかを冷静に考える必要があった。隆司への恋心を抱えながらも、彼との友情を大切にし続けることができるのか。それとも、真実を告げることで新たな道が開けるのか。 悠真は再び隆司をカフェに呼び出し、静かな場所を選んで座った。隆司は不安そうに、「また何か話があるのか?」と尋ねた。悠真は深呼吸をして、心の中で前よりも何度も繰り返した言葉を慎重に選びながら話し始めた。「隆司、実はもう一つ言わなければならないことがあるんだ。」隆司は静かにうなずき、悠真の言葉を待った。 悠真の心の中で、様々な感情が渦巻いていた。彼の未来は、この瞬間にかかっている。 悠真は深く息を吸い込み、「俺、男が好きって言ったけど、お前に恋しているんだ。ずっと前から。でも、それを言ったらお前との関係が壊れるかもしれないと思って、言えなかった」と告白した。 隆司は一瞬黙った後、優しく微笑んで、「悠真、ありがとう。お前の気持ちを聞けて嬉しいよ。でも、俺はお前を友人としてしか見れないんだ。本当にごめん」と静かに答えた。その言葉に悠真の胸は痛んだが、同時に隆司が正直に答えてくれたことに感謝した。「ありがとう、隆司。お前の気持ちを尊重するよ」と言った。 数週間が経ち、悠真と隆司の関係は微妙な変化を見せていた。友情は続いていたが、どこかぎこちない空気が漂っていた。以前のような無邪気な笑顔や軽口は減り、二人の間には未解決の感情が横たわっていた。 ある晩、二人は久しぶりに飲みに行くことにした。馴染みの居酒屋のカウンターで、グラスを傾けながら会話を交わす。酒が進むにつれて、彼らの会話はより深いところにまで及んだ。 「最近、どうしてる?」隆司が尋ねた。悠真はグラスを見つめながら答えた。「まあ、いろいろ考えてるよ。お前とのことも、俺自身のことも。」 隆司は頷き、「俺もいろいろ考えたよ。お前の気持ちを知って、どうすればいいかって。でも、お前のことを友達として大切に思ってるのは変わらない。」 悠真は微笑んで、「ありがとう、隆司。それだけでも十分だよ。」 酔いが回り、二人は思い出話をしながら笑い合っていた。突然、隆司が真剣な表情で、「悠真、お前が俺に告白してくれたあの日、本当に嬉しかった。でも、俺も自分の気持ちを整理しなきゃいけないと思ってたんだ」と言った。 悠真は驚いて隆司を見つめた。「どういう意味?」と尋ねた。隆司は一瞬ためらった後、「俺はお前の気持ちに応えられないけど、お前が辛い思いをしているのを見ていられないんだ」と言った。 その夜、二人はお互いの孤独と不安を共有し、酒の勢いも手伝って、隆司は悠真に同情するあまり、一夜だけ体を交わしてしまった。酔いが回っていたとはいえ、隆司の温かい手のぬくもりと、悠真の心の中で渦巻く複雑な感情が交差する瞬間だった。 翌朝、悠真は目を覚まし、隆司が隣で寝ているのを見て、昨夜の出来事を思い出した。彼の胸は罪悪感でいっぱいになった。隆司の穏やかな寝顔を見つめながら、彼は自分が何をしてしまったのかを痛感した。 「どうしてこんなことになったんだ…」悠真は心の中で自問し、涙が静かに頬を伝った。彼は隆司を起こさないように、そっとベッドから抜け出し、リビングのソファに座った。昨夜の出来事が頭の中を駆け巡り、自分自身を責める思いが膨らんでいった。  しばらくして、隆司も目を覚まし、悠真の姿を探し始めた。「悠真?」と声をかけながらリビングに現れると、ソファに座る悠真の背中が見えた。隆司はため息をつき、彼の隣に座った。気まずい沈黙が二人の間に流れた。「昨日のことは…」と隆司が口を開いたが、悠真はそれを遮って「何も言わないで。わかってる」と答えた。二人はそれ以上言葉を交わさず、その日を過ごした。 その後、悠真は自分自身に対する嫌悪感と罪悪感に苦しみ始めた。彼は隆司の優しさに応えられなかった自分を責め、友情を汚してしまったと感じていた。その感情が彼をさらに孤立させ、深い苦悩へと導いた。それなのにあの日のことを思い出すと体が火照り、隆司の全てが脳に焼きついて離れなかった。 夜になると、彼は何度もベッドで目を閉じ、あの日の情景がまざまざと蘇るのを防ぐことができなかった。隆司の触れた温もり、耳元で囁いた声、全てが彼の心を揺さぶり続けた。 それから葵との会話でも、悠真は自分の本当の気持ちを隠し続けた。「最近、元気ないね」と葵が心配そうに言ったが、悠真は「ちょっと仕事が忙しいだけさ」とごまかした。彼の笑顔には以前のような輝きがなく、葵はますます心配を募らせた。 「本当に大丈夫?」と彼女はしつこく尋ねたが、悠真はそのたびに軽く頷くだけだった。「大丈夫だよ、葵。心配かけてごめん。」そう言いながらも、彼の心の中では深い孤独感が渦巻いていた。 悠真は自分の部屋に閉じこもることが多くなり、書きかけの小説も手につかなくなっていった。彼の頭の中は隆司との関係や、自分の中で膨れ上がる罪悪感でいっぱいだった。彼は何度も隆司に連絡しようとしたが、そのたびに手が震え、結局電話をかけることができなかった。 ある夜、悠真はベッドの中で涙を流しながら、隆司のことを思い続けていた。「どうしてこんなことになってしまったんだろう…」と心の中で何度も自問自答するが、答えは見つからなかった。 次の日、悠真は決意を固めた。自分自身と向き合い、過去の出来事を乗り越えるために、まずは隆司としっかり話をすることが必要だと感じた。彼は隆司にLINEを送り、会って話がしたいと伝えた。返信が来るまでの時間が永遠に感じられるほど長く、胸の鼓動が高まっていった。 隆司からの返信はすぐに来た。「もちろん、話し合おう。どこで会う?」悠真は深呼吸をして、静かなカフェを提案した。そこで、二人は再び向かい合い、今度こそお互いの気持ちをしっかりと伝え合うことを決意した。 その日、カフェの席に座った悠真は、胸の内に秘めた思いをどう言葉にすればいいのかを考えながら、隆司が現れるのを待っていた。彼の心は不安と期待が入り混じり、複雑な感情で揺れていた。 隆司は心配そうに「大丈夫か?」と尋ねた。 「俺はもうこれ以上隠して生きることができない。あの日のことがずっと頭から離れないんだ」と悠真は涙を浮かべながら言った。「でも、お前との友情を壊したくないんだ。」 隆司は深く息をつき、「悠真、お前の気持ちは分かる。でも、俺たちはこれを乗り越えられる。お前が罪悪感を抱える必要はない」と言った。 しかし、隆司の言葉にも関わらず、悠真は自己嫌悪から逃れることができなかった。毎晩、あの日のことを思い出し、その度に胸が締め付けられるような感覚に襲われた。仕事に集中しようとしても、頭の中は常に混乱していた。 隆司とは頻繁に会うことができなくなった。お互いに気まずさを感じ、連絡も徐々に途絶えていった。悠真は孤独感に苛まれ、自分自身を責め続けた。彼はカミングアウトしたことを後悔し始め、自分の選択が間違っていたのではないかと考えるようになった。 その夜、悠真はあの日初めて触れた隆司の体の感触を確かめるように、丁寧に自分のことを慰めた。彼の心は混乱し、隆司への想いが一層深くなっていく。彼の手が自分の体を撫でるたびに、隆司の優しさや温かさが脳裏に蘇り、涙がこぼれ落ちた。 「どうしてこんなことになってしまったんだ…」悠真は心の中で何度も自問自答しながら、自分の感情に向き合い続けた。彼は隆司への恋心を抑えきれず、そのことがさらに彼を苦しめた。 ある日、悠真は葵に会うことにした。彼女は心配そうに「悠真、最近本当に変わったね。何があったの?」と尋ねた。悠真は一瞬ためらったが、これ以上隠し通すことはできないと感じた。「実は…」と切り出し、葵に全てを話した。 葵は驚きと共に彼の話を聞き、「悠真、そんなに苦しんでいたなんて。もっと早く言ってくれれば良かったのに」と涙を浮かべた。悠真は自分の罪悪感と自己嫌悪を打ち明け、「もうどうすればいいのかわからないんだ」と声を震わせた。 葵は優しく彼の手を握り、「一人で抱え込まないで。私がいるから」と励ました。その言葉に悠真は少しだけ心が軽くなったが、根本的な解決には程遠かった。彼の中で渦巻く感情はまだ整理できず、隆司への未練と罪悪感が彼を苦しめ続けた。 数ヶ月が経ち、悠真の苦悩はますます深まっていった。彼は仕事に身が入らず、新しい小説を書くこともできなくなった。夜になると眠れず、朝が来るのが怖くなっていた。毎晩、隆司との一夜の出来事が頭を離れず、その度に胸が締め付けられるような痛みを感じた。 隆司との距離はますます広がり、二人の関係は壊れてしまったかのように感じられた。悠真は自分の心を癒すために何をすればいいのか見失い、ただ日々を過ごすだけの状態になっていた。 ある日、悠真は偶然、街で隆司に出会った。二人は一瞬立ち止まり、互いに言葉を失った。隆司が「悠真、大丈夫か?」と声をかけると、悠真は涙をこらえきれず、「ごめん、俺はもう限界だ」と泣き崩れた。 隆司は悠真を抱きしめ、「お前は一人じゃない。俺たちはまだ友達だろ?」と優しく言った。その言葉に悠真は少しずつ心を開き始め、再び立ち上がるための力を取り戻していった。彼の涙が隆司の肩を濡らし、長い間抑え込んでいた感情が溢れ出した。 「ありがとう、隆司。本当にありがとう」と悠真は震える声で言った。隆司はそのまま彼をしっかりと抱きしめ続け、「何があってもお前を見捨てないから」と力強く言った。その言葉に悠真は少しずつ自分の感情を整理し始めた。隆司の言葉に励まされ、彼は再び立ち上がる決意を固めた。 その後、悠真は専門のカウンセラーに相談することを決意した。初めてのカウンセリングでは、自分の感情を言葉にすることに戸惑いを感じたが、次第に自分の思いを語ることで少しずつ心が軽くなっていくのを感じた。 カウンセリングを通じて、悠真は自分の感情を整理し、自己嫌悪と罪悪感に対処する方法を学び始めた。また、自分を受け入れることの大切さと、他人の期待や社会のプレッシャーに屈しない強さを身につけるための助けを得た。 一方で、隆司との関係も徐々に修復されていった。隆司は悠真を支え続け、二人の間には以前よりも深い絆が生まれた。しかし、彼らの関係は友人としてのものであり、恋愛関係には発展しないことをお互いに理解していた。 悠真は再び執筆に取り組む決意をした。彼は自分の経験をもとに、新しい小説を書き始めた。その小説は、自分自身を見つめ直し、愛と友情の力を描いた作品となり、多くの人々に勇気と希望を与えるものとなった。葵もまた、悠真の変化を喜び、彼を全力でサポートしてくれた。彼女は悠真の最も近い友人として、彼の苦悩を共有し、共に歩んでいくことを誓った。 悠真の次なる小説が完成し、それが世に出ると、多くの人々から称賛と共感の声が寄せられた。彼の物語は、多くの読者に勇気を与え、自己受容の大切さを教えるものとなった。しかし、それでもなお、悠真の心の中にはまだ完全に解決されていない問題が残っていた。 彼の苦悩は日常生活の中でも現れ続けた。街を歩いていると、時折、同性愛に対する無理解や偏見の目を感じることがあった。その度に、彼は自分がまだ社会の一部として完全に受け入れられていないことを痛感した。偏見や誤解に直面するたびに、彼の心には小さな傷が増えていった。 そんなある日、悠真は久しぶりに葵と会った。彼女はいつもと変わらない笑顔で迎えてくれたが、悠真の表情に気づき、「最近はどう?」と尋ねた。悠真はため息をつき、「まだ完全に楽にはなれないけど、少しずつ前に進んでるよ」と答えた。 葵は彼の手を握り、「それでいいんだよ、悠真。急がなくていいんだから。私たちはいつもあなたの味方だから」と優しく言った。その言葉に、悠真は少しだけ心が軽くなった。 その後、悠真は自分の小説をもとに講演を行うことになった。彼は自分の経験を話し、多くの人々に向けてメッセージを伝えた。講演の最後に、彼はこう言った。「私たちは皆、何かしらの苦悩を抱えています。しかし、それを乗り越えるためには、まず自分自身を受け入れ、愛することが必要です。」 講演が終わった後、多くの人々が彼に感謝の言葉を伝えに来た。その中には、自分も同じような経験をしたという若い男性や、家族に理解してもらえない苦しみを抱え誰にも言わずに来たという女性もいた。彼らの言葉に触れ、悠真は自分の小説が多くの人々に希望を与えていることを実感した。 時間が経つにつれて、悠真は少しずつ自分の心を癒していった。彼はカウンセリングを続け、友人や家族の支えを受けながら、自分自身を受け入れる力を強めていった。 そして、ある日、彼は隆司と会う約束を取り付けた。彼らは久しぶりに川沿いを歩きながら、過去の出来事やそれぞれの今後について話し合った。川のせせらぎが心地よい静けさを提供し、二人の間には自然な会話が流れた。 隆司は「お前がこんなに成長した姿を見れて、本当に嬉しいよ」と言い、悠真も「お前がいてくれたから、ここまで来れたんだ」と感謝の気持ちを伝えた。二人は立ち止まり、悠真は川面に映る自分たちの姿を見つめながら、過去の苦しみと向き合った日々を思い返した。 「これからも、お互い支え合っていこうな」と隆司が言うと、悠真は深く頷いた。「もちろんだよ、隆司。お前がいてくれる限り、俺は前を向いていける」と答えた。 悠真は講演を成功させ、読者からの反響に勇気づけられながらも、なおも自分の心の奥底にはまだ解決されていない感情が残っていることを感じていた。こんなにも恵まれた人生の中で、どうして俺の気持ちは沈んでいるんだ、と自問する日々が続いた。 ある満月の夜、悠真は執筆していた小説の最後の一行を見つめていた。「これでいいんだ」と静かに自分に言い聞かせた。彼の中にある不安や恐れは、完全に消え去ることはないかもしれないが、彼はそれを受け入れる準備ができていた。悠真は筆を置くと、静かな湖畔に一人で出かけた。月明かりが水面に映り、幻想的な光景が広がっていた。彼は湖のほとりに座り、深い呼吸をしながら、自分の内面と向き合う時間を持った。 湖畔で静かに過ごしていると、突然、隆司が現れた。「ここにいると思ったよ」と微笑みながら言った。悠真は驚きつつも嬉しそうに「どうしてわかったんだ?」と尋ねた。「お前が困ったとき、ここに来るのは昔からの癖だからな」と隆司は答えた。その言葉に悠真は「なんだそれ」と少し笑みを浮かべて返した。 二人はしばらく沈黙の中、湖に映る月を見つめていた。隆司が静かに口を開いた。「悠真、俺たちはずっと友達で、お前の苦悩を見てきた。でも、俺はお前がどんなに苦しくても、自分を見つけるために努力してきた姿を尊敬してるんだ。」 悠真は深く息を吐き出し、「ありがとう、隆司。でも、まだ自分の中にある苦しみを完全に乗り越えられていないんだ」と答えた。 「それでいいんだ。すぐに答えが見つからなくても、ゆっくり進めばいい」と隆司は言った。「月が雲に隠れることがあっても、その光は消えない。お前も同じだよ。」 悠真はその言葉に深く感銘を受けた。彼は自分の中の隠された部分が、月の光のように輝き続けることを信じる力を感じた。 その夜、悠真は隆司と共に湖畔を歩きながら、自分の過去と向き合い、新たな未来を見つめる決意を固めた。彼の心の中で、隠された月が再び輝き始めた。 悠真は家に帰ると小説の終わりにこう書き加えた。「しかし、どんなに雲に隠されても、月はその光を失わない。私たちもまた、内なる光を見つけるために、闇の中で輝き続ける。」 その一文を書き終えたとき、悠真はこの上ない満足感に包まれた。自分の内面と向き合い、苦悩を乗り越えながらも前進する姿勢が、この言葉に凝縮されていた。彼は心の中で隆司や葵、そして自身に感謝しながら、新たな一歩を踏み出す準備が整ったことを感じた。 悠真はデスクから立ち上がり、窓の外に広がる夜空を見上げた。満月が雲の間から顔を覗かせ、その光が静かに輝いていた。彼は自分の中にも、その光が確かに存在していることを実感し、微笑んだ。 新たな未来が彼の前に広がっていた。悠真は希望と決意を胸に、これからの人生を歩んでいくことを誓った。彼の旅はまだ続くが、その先には明るい光が待っていると信じていた。 そして、彼の心の中で、隠された月が永遠に輝き続けるのだった。
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