第十一章:卒業の章②

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第十一章:卒業の章②

 信太郎が向かった先は、ひっそりと佇む桜の木の前だった。 「ここなら人が少ないだろ」 と言いながら指を差すと、そこには彩が立ってこちらに手を振っていた。祐介は、まだ五分咲きだろうかといったところの桜を見上げながら、まあ確かにこれなら人が少ないだろうなと思った。  彩は自撮り用の長い棒を握り、 「早く早く」 と手招きしている。 「こんなところで撮るのか?」 と祐介が尋ねると、彩は 「いいじゃん、桜は桜なんだし」 と笑顔で応じた。信太郎も 「いいだろ、あとでちゃんとしたのも撮れば」 と賛同し、祐介の首に右腕を回した。 「とりあえず撮ろうぜ」 と信太郎が促すと、祐介は笑って 「わかったよ」 と答えた。  信太郎が祐介の隣を取ったため、凛は慌てて彩の右隣に立った。彩と凛が最前列に、その後ろに慎太郎と祐介、そして背後には五分咲きの桜の枝、四人は互いに身を寄せ合って写真を撮った。四人の笑顔が写真に収まる。  信太郎は 「俺もその棒使いたい」 と言って、彩の自撮り棒を掴んだ。 「いいけど、信太郎使い方わかるの?」 「貸してみろ」  信太郎は自信満々に自撮り棒を構えた。腕まくりをした信太郎の左腕が彩の左頰の横に近づき、その微かな揺れが彩の頬に触れたり離れたりしていた。  そして、信太郎は彩の肩に腕を置いた。その弾力のある筋肉と硬い骨の感触、微かな汗の匂いが彩に伝わり、彼女の心臓の鼓動を早め、胸の奥にじんわりと熱が広がった。 「はいチーズ」 と信太郎が声をかけ、シャッターが切られた。写真を確認した信太郎が 「おい、ちゃんと笑えよ彩、もう一回な」 と言い、再び構えようとした。 「う、うん、ごめん。てか肩、腕置くな」 と慌てて彩が返すと、信太郎は 「いや、おせえよ」 と笑いながら返した。 「なんでもいいから早く終わらせろよ、暑苦しいんだよ」 祐介はそう言って、自身の肩に回された右腕をギュッと握りしめて抗議した。凛はその三人のやり取りを見て、静かに微笑んでいた。  信太郎は何も言わずにニッと笑いながら、再び左腕を伸ばし、シャッターを切った。 「はい、解散」 と信太郎は言い、祐介から腕を離して自撮り棒を彩に返した。  信太郎は大きく伸びをしながら息を吸い込むと、彩はその背中を見つめていた。すると、信太郎が突然振り返り、 「あ、彩、後でその写真送ってくれよ」 と頼んだ。彩が 「うん」 と短く返事をすると、信太郎はパッと輝くような笑顔を見せた。 「ありがとな」  彩は、その急な笑顔とお礼の言葉に動揺しながら、「うん」と笑顔で返した。  そして、彩は信太郎に向かって言った。 「ねえ、私教室に忘れ物したの。ついてきてよ。」 「ええ?何してんだよ」 と信太郎は呆れつつも、仕方なく彩についていくことにした。祐介が 「そしたら、俺らは正門で待ってるから。すぐ戻ってこいよ」 と言い、二人は再び校舎へと戻っていった。  廊下はまだ生徒やその家族で賑わっており、二人は人混みをかき分けながら進んでいた。途中で彩が教室とは違う方向に進み始めたため、信太郎は 「おい、教室はこっちじゃないぞ」 と声をかけたが、彩は聞こえないふりをして歩き続けた。信太郎は不思議に思いながらも、頭を掻きつつ彼女の後を追った。  やがて、誰もいない教室にたどり着いた。窓から差し込む陽光が静寂を照らし出す中、彩は一度深呼吸をし、信太郎に向かい合って立った。心臓の鼓動が耳に響き、緊張で手が震えるのを感じた。彼女は何度も言葉を飲み込みながら、ようやく声を震わせて絞り出すように告白した。 「信太郎、私…ずっとあなたのことが…好きでした」  信太郎は驚いた表情を見せた。そして落ち着いた表情に戻り、 「ありがとう、彩」 と静かに答えた。しかし、その後の沈黙が二人の間に重くのしかかった。信太郎の心の中では、彩への感謝と友情、そして祐介への秘めた思いが激しく交錯していた。教室の静けさが、その葛藤をさらに際立たせた。  信太郎は目を伏せ、深呼吸をしてから意を決して言った。 「でも、俺は祐介が好きなんだ」 と、まるで自分自身に言い聞かせるように言葉を紡いだ。言葉を口に出すとき、彼の手は無意識に拳を握りしめていた。  彩はその言葉を聞いて一瞬驚き、信太郎の顔を見つめた。その目には戸惑いと理解が交錯していた。彼女は言葉を飲み込むようにして沈黙し、やがて静かに息を吐き出した。「そっか」と静かに呟き、視線を窓の外に移した。  しばらくの間、二人の間には重い沈黙が流れた。信太郎は窓の外をぼんやりと見つめていた。その横顔を彩は見つめていた。あの明るい信太郎が静かに遠い目をしているせいか、窓から差し込む陽光がそれを演出しているのか、それとも彼が今目の前で弱った心を剥き出しにしているせいなのか、その顎のラインには今までにない艶やかな色気が宿っていた。彩は、ああ、信太郎はやっぱりかっこいいな、と心の中でつぶやいた。そして、静かに 「ねえ、これからも友達でいられる?」 と告げた。    信太郎は彼女の目を見つめ、安心したように微笑んで「もちろん」と力強く答えた。彼の目には感謝と安堵が浮かんでいた。  「行こっか」と彩は微笑み、二人は再び正門へと向かい始めた。教室を出ると、廊下の喧騒が耳に戻ってきた。信太郎は肩をすくめて一度大きく息を吐き、彩は新たな一歩を踏み出す決意を胸に秘めていた。
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