第一章:祐介の章

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第一章:祐介の章

 秋の始まり、風がクラスルームの窓を軽く揺らし、教室には穏やかな日差しが差し込んでいた。2年3組の生徒たちは午後の授業に集中しているように見えたが、祐介の心は他の場所にあった。彼は同じクラスの佐藤凛に密かな感情を抱いていることに気づき始めていた。彼の視線は何度も無意識のうちに凛の姿を追っていた。  凛はいつも通り、授業に真剣に取り組んでいるように見えたが、祐介には凛の表情一つ一つが特別に感じられた。彼の心は新しい感情で満ちていたが、それを誰にも言えずに苦悩していた。 「凛って、なんか違うよな。」  親友の信太郎がそう言うと、祐介はうっかり心の中で同意してしまいそうになったが、何も答えずにただうなずいた。信太郎は何も気づいていない。祐介には、この新しい感情を打ち明ける勇気はまだ湧かなかった。  放課後、図書室で凛が一人で座っているのを見つけた祐介は、隣に座る勇気を出して声をかけた。 「何読んでるの?」  凛は少し驚いたが、すぐに穏やかな笑顔を見せた。 「ただの小説だよ。でも、内容が深くてね。自分を見つめ直すのに役立ってるかも。」  その答えに、祐介は内心で深く共感した。凛もまた何かを探求しているのだと感じた。それから二人は、放課後の図書室で会うのが日課となり、お互いのもやもやとした心情を話し合うようになった。  秋が深まるにつれて、祐介の心の中の感情も複雑化していった。凛への想いは日に日に強くなる一方で、その感情を誰にも明かせずにいることが彼の内面で大きな苦悩となっていた。彼はこの秘密を抱え、誰にも打ち明けることなく孤独感を増していく。学校の庭には落ち葉が積もり、足音がカサカサと響く。図書室の窓から見える夕焼けは、日ごとに色を深めていく。  ある日、凛がポツリと漏らした。 「家、厳しいんだ。父さんがね、俺のことを全然理解してくれないんだ。」  祐介は凛の話に耳を傾け、共感を示したが、自分の感情を打ち明けることはできなかった。友達の痛みを共有することの重さを感じながら、自分の感情についても黙り込んでしまった。  放課後、二人で近くの公園を散歩することになった。紅葉が美しい季節、落ち葉の絨毯が道を彩る中、彼らは静かに歩いた。祐介は凛の横顔を見ながら、心の中で自分の感情を何度も確かめた。 「今日は本当にいい天気だな」と祐介が言った。  凛は微笑み、「うん、こういう日は少し元気が出るよ」と答えた。  その会話の中で、祐介は凛が抱える家庭の問題に共感を覚え、同時に自分の秘めた感情を打ち明けたいという衝動に駆られた。 「凛、家族って大変だよな」と祐介は話を続けた。凛が苦しそうに話すたびに、祐介は心のどこかで凛を支えたいと強く思った。しかし、自分の恋心をついに明かすことはできず、その葛藤が祐介をさらに苦しめた。  翌日の体育の着替えの時間、祐介はふと信太郎の体つきに目が行った。露わになった信太郎の背中は広く、筋肉が浮き出ている。この瞬間、祐介は凛への気持ちとは異なる、信太郎への一瞬の興味が自分の中で混乱を引き起こした。彼はこれまでの自分の感情をどう整理していいのかわからず、さらに混乱し始めた。 「信太郎、最近筋トレでもしてるのか?」 と自然を装って尋ねると、信太郎は笑いながら答えた。 「ああ、ちょっとだけな。見ろよ、俺の腹筋の形、変なんだよ。直せるかな」  急に振り返った信太郎の姿を見て、祐介は思わず言葉を詰まらせた。凛への気持ちは確かに深いものだが、信太郎への一瞬の興味が自分の中でどう影響しているのか、彼自身も理解に苦しんだ。  この複雑な感情の中で、祐介は誰にも心の内を明かせずに、ただ自分自身と向き合う日々を送ることになった。彼は自分の感情をどう受け止め、どう向き合っていくべきかを模索し続けていた。秋が深まり、木々の葉は赤や黄色に染まり、季節の変わり目が祐介の心の移ろいに重なった。
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