沼津芳雄

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沼津芳雄

「男性の方は201号室、女性の方は203号室、ここは202号室」  俺はこの台詞を毎夜、繰り返している。後、何回、同じ台詞を繰り返せば二人は分かってくれるのだろう?  現在、201号室も203号室も空室なんだけどね。201号室の男性はネクタイで首吊り自殺。203号室の女性は行方不明中。家族が行方不明者届けを出したみたいで、警察に「何か心当たりは?」と聞かれたが、俺は「知らない」と答えた。  昔から霊感が強い俺は嫌でも二人に気づいてしまう。明日もどうせ間違えるに違いない。  どうしたものかと考えていると、ピンッと答えが弾き出された。 「そうだ、明日からは扉に鍵をかけてバイトとパチンコに行くぞ!」  俺はフッと笑んでからレジ袋の中にあるコンビニ弁当を取り出した。二人は毎夜セットで現れる。 「彼女だけなら大歓迎なんだけどなぁ〜」  201号室の男が邪魔なんだよ。  箸で挟んだ唐揚げを咀嚼しながら考える。間もなくすると、こんな思考が浮かんだ。  明日、霊媒師を探して尋ねてみようと思った。 【女の霊だけ残して男だけ除霊して貰うのは無理ですか?】とね。  月日が経過。俺はコンビニのレジ袋を提げて帰宅。暗い部屋に照明を灯してレジ袋をテーブルに置いた。  足を進め、押し入れの襖をスーッと静かにスライドする。すると彼女は一人で震えていた。 「お願い、命だけは助けて」 「助けるよ。俺は君の味方だから」  彼女の瞳は少し泳いだ後、みるみる潤んだ。 「本当?アナタは私のストーカーじゃないの?なぜ、私の部屋にいるの?」 「ここは202号室、俺の部屋だよ」 「えっ?私、203号室です。まさか帰宅する部屋を間違えたの?」 「そうみたいだね」 「すっ、すみません。帰らなきゃ」 「ちょっと待って!」  慌てて出て行こうとする彼女を僕は呼び止めた。 「自分の部屋に帰っても良いけど危険じゃないかな?」 「危険?」 「うん、だって君はストーカーに狙われてるんでしょ?」 「ストーカー……」 彼女は途端にしゃがみこんで自分の両肩を抱く。 「いやっ、怖いの。ストーカーが怖い……」  可哀想に、こんなに怯えて。俺は彼女の全面に移動して膝を落とした。 「今日からこの部屋に帰ってくればいい」 「えっ?」 「一人は危険、だから一緒に暮らそう、俺が君をストーカーから守ってあげる」 「うえっ、うああああーっ!!」  彼女は頭を抱えて畳に突っ伏した。泣いている彼女の頭を優しく撫でてやる。ところどころ透けていて触った感じが半分しかないのが残念。  ちなみに、この会話は今日で十回繰り返されていた。俺は対話を繰り返し、いつか彼女とこの部屋で同棲したいと思っている。  なぜって、彼女を守りたいから、好きだから。  彼女の名前は有紗ちゃん。女子大生でとても可愛い娘だ。  まっ、帰宅途中の彼女を無理やり車に連れこんで絞殺したストーカーは俺なんだけどね。深い山奥に埋めたのに彼女はそれを忘れて戻ってきてしまうんだ。  しーっ、人差し指をたてる。  これは永遠なる秘密。僕は記憶をそっと底なし沼に沈めた。  有紗ちゃんは死んでも俺のモノ。  
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