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 世界はなんて憂鬱なんだろう。  僕は長い一日を終え、ようやく自宅の玄関に辿り着いた。自宅は二階建てアパートの201号室。六畳ひと間で狭いしだいぶ古いアパートだけど住めば都。自分にとっては一番安心できる場所だ。  苦しく感じたネクタイを緩めながら鍵を差し込むと、なんと施錠されていなかった。朝寝坊な僕の朝は慌ただしい。きっと鍵をかけるのを忘れてしまったのだと思った。  中に入ると、いつもと違う匂いが鼻腔を?マークに変えた。匂いだけじゃなくて、いつもは温かく感じる部屋が寒いと背筋を伝う。 「ただの疲れだ」  僕は自分に言いきかせリビングの照明スイッチに手を伸ばす。……が、電気がつかない。 「停電かな?」  スーツのポケットからスマホを取り出して周囲を照らしてみる。瞬間、僕は目を見張った。  見知らぬ家具が配置されていたからだ。部屋を間違えたのだろうか?  部屋ナンバーを確認しに戻ろうとすると、眩しい光が僕を照らす。瞳を細めると同時、甲高い悲鳴が鼓膜をつん刺した。 「きゃああーっ!」  やはり部屋を間違えたようだ。僕はスマホのライトを向ける彼女に頭を下げる。 「すいません、部屋を間違えたみたいです。怪しい者ではありません」 「それは嘘よ!アナタ私のストーカーでしょ?」 「はっ?」 「ずっと前から気づいてたわ!さっき警察に相談して見回りを頼んできたのよ!」  僕に向けられたライトが下がる。 「110番しなきゃっ」  ちっ、ちょっと待て!聞こえた彼女の声に、僕はスマホを持つ彼女の腕を掴み上げた。 「どうか落ちついて下さい、僕は……」 「きゃああーっ!放して!!」  彼女は腕を激しく左右に振って身を伏せた。 「お願い、どうか命だけは助けて」  僕はスマホのライトで彼女を照らす。スマホを握りしめた彼女は、肩を小刻みに上下させ全身を震わせ怯えていた。足を一歩だけ踏み出す。 「あっ、あの……」 「いやああーっ!近寄らないで!」  ダメだ!彼女は混乱してパニックに陥っている。どうしたらいいんだ?  困っていると、玄関の方で扉の開閉音がした。彼女も音に気づいたようで伏せていた顔を上げる。 「来て」 「えっ?」  ここは彼女の部屋。僕は咄嗟に彼女の手を引いて押し入れの下段に身を潜める。そして彼女の耳に小声で囁いた。 「僕は本当に部屋を間違えただけです」 「ほっ、本当に?」 「はい、それより見て、あれがアナタの本当のストーカーですよ」  僕は少しだけ開いた襖の隙間から指を差す。停電が復旧したのか照明が灯された部屋に小太りで低身の男性が見えた。上下黒いスウェットスーツ、黒縁の眼鏡をかけている。 「ひっ!」 彼女が悲鳴を発しようとしたので、僕は慌てて塞いだ。 「ダメですよ。見つかったら殺される」  僕達からは男の横向き姿が見える。彼は白いレジ袋をテーブルに置いて座椅子に腰を下ろした。男は、ひしゃげたレジ袋をジーッと見つめ後、こちらに顔を向けた。 「おたくら、また部屋を間違えたのか?」 「えっ?」 「はっ?」  おたくら?どう考えても、おたくらとは僕達のことだ。僕と彼女は一瞬だけ顔を見合わせてから襖を開く。彼は驚きもせずにこう言った。 「男性の方は201号室、女性の方は203号室、この部屋は202号室」  202号室!やっぱり僕は部屋を間違えていたんだ。ってか、彼女も?僕は押し入れ前に正座姿勢で座り、隣の彼女に顔を向ける。彼女は気まずい表情をして頭を下げた。追って僕も頭を下げる。 「「すっ、すいません」」  その後、僕達はすごすごと逃げるように玄関を出て自分の部屋に帰宅した。
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