この世界に青い妖精はいない

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「えっと、いつからそうなりましたか?」 「昨日、からです」 「数日前から前兆…… そうですね、鼻が痛いとかはありましたか?」 「一切、ありません。昨日、唐突に長くなったんです」 「唐突、ですか」 「私、日野玩具店と言うおもちゃ屋の店主でして。接客が終わった瞬間にニョキっと伸びたんですよ」 このご時世でおもちゃ屋とは珍しい方だ。大型店舗の波に呑まれずに長く続けて繁盛(はや)って欲しいものであると医者は思った。 日野は続けた。 「ロボットのプラモを入荷したんですよ」 「はい、それで?」 「人気作品なので売れに売れるんですよ。息子も欲しがってまして、店長の特権として一つだけ確保した訳です。すると、それを欲しがるお客様が来たので『売り切れです』って断ったのです。実は店奥(バックヤード)の地袋に確保してあったんですけどね」 店員が欲しいものをお客様に売らずに確保する。医者はそれに疑問こそ感じたが、それが店の方針であるなら文句を言うことは出来ない。沈黙を守るのであった。 「そのお客様が帰った瞬間に違和感を覚えたんですよ。目の前の見え方が変わったって」 「伸びた鼻が視界に入ってきたってことですか?」 「そうですそうです! いきなり目の前の見え方が変わって何がおかしいのか分からなかったんですけど、プラモを飾ってある硝子匣(ガラスケェス)に映った自分の顔を見たら鼻が伸びてることに気がついたんです!」 話だけを聞くなら、絵本のピノキオままに「嘘」を()いたら鼻が伸びたことになる。 それこそ、非科学的な御伽噺(フェアリィ・テイル)に過ぎない。  ヒアリングはここまでだ。科学の力で鼻が伸びる原因を突き止め、治療法を見つけるのが我々医者の使命である。 「とりあえず、放射線科でレントゲンを撮りましょう。鼻骨が伸びているのか、それとも鼻先に悪性新物質のような腫瘍が出来ているかの判断を行うことが先決です」 鼻に触診をすれば分かる問題ではあるが、内科の医者には専門外。他の科に任せるための橋頭堡としてレントゲンを撮ることを勧めたのである。  日野は放射線科へと転科し、頭部のレントゲン撮影を行った。 放射線科の画像診断専門医は、日野のレントゲン写真を見た瞬間に腰を抜かす程に驚いたと言う。 「鼻骨が伸びるなんて…… ありえない。鼻の皮膚も一緒に伸びている……」 内科、外科、耳鼻科、皮膚科…… 関係のありそうな科が一同に会し、放射線科より渡された日野の鼻が伸びたレントゲン写真を見ての検証を行う。 鼻骨は突起のように伸び、鼻の皮膚も突起を包むように伸びている。 新型悪性物質が鼻骨や鼻の皮膚やその奥にあるようなことはない。 日野の鼻に触診を行っても、悪性新物質やしこりのような感触は感じられない。 つまり、全く以ての原因不明と言うことになる。 これが全ての始まりであるとは、各科は夢にも思わないのであった……
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