16人が本棚に入れています
本棚に追加
牢のなかで(2)
キトは目を覚ました。
口の中にはパンが突っ込まれている。
「起きたか」
「はい。少しだけ冷静になりました」
「そっか。僕の名前は、アスイテント。君は?」
「私はキト。昨日は食事ありがとうございました」
「あれ全部君のだ。キトさん」
「全部?」
「僕は餓死待ちらしい。でも図ってる」
アスイテントの腕は細い。
いつから牢にいるのだろうか?
「僕がキトさんの飯を奪ってるところを見たいんだろう。プライドを守って死ぬか、本能のまま食糧を奪うか、人によっては賭け事をしてるかもな」
「いつからここに?」
「一週間。僕はもともとお腹空きにくいタイプだが、もう時間はあまりないだろう」
「なら、私の食事を食べても」
「一人分の栄養しか用意してないな。だから我慢するな。それに僕はここから逃げるつもりだからな。君はどうする? 殺されはしないと思うけど、僕と同室だから拷問されるだろう」
「ここからどうやって出るのかは分かりませんが。私はどっちでも」
「そっか。君は何ができる?」
アスイテントは座ったままキトに近づく。
キトは顔を背けて距離を取った。
「私は、もう。何もないですよ」
「それならパンを食う必要なんてないはずだ。君の本音を聞きたい」
「私は何もないです」
「ふうむ。じゃあ僕の話をしよう。驚くなよ」
アスイテントは手を前に出す。
手から煙のようなものが出てくる。
「僕は精霊魔法使い。そして、王になる資格を持っている」
キトは呆れたように頭を掻く。
「王になる資格? この国は大統領制に変わりました。王位継承などありません」
「それが、僕ならひっくり返せるというわけだ。本当に王にある資格があるから。で、さっきの見た?」
「あのもくもく。魔法ですか?」
「精霊魔法かな。これを使って脱獄する」
「腕輪があるのにどうやって?」
「精霊さえ呼べればあとは魔力をほとんど使用しないから。なんとか魔力を練って、それからは精霊に助けてもらっている。精霊は精霊魔法使いにしか見えないようにしてるから、キトさんは分からないと思うけど」
「本当に、脱獄できるんですか?」
「ああ」
「私は脱獄します。惨めに捕まっているのは嫌なので」
「行くとこあるのか? 脱獄後」
「ありません」
「でも捕まってるのが嫌なのか」
「もちろんです」
アスイテントはキトの手を取る。
「なら僕と来い。君はどこかの騎士だろ、生かされているということはそれなりに地位もある。強いんだろ? 君には何がある?」
同じ問い。
「アーリエ様のいない世界に何を望むかは分かりません。でも私には力があります、腕輪さえなければ戦えます」
アスイテントは微笑む。
「合格。僕は強くないから騎士がいるのは心強い。明日ここを出よう、キトさん」
握手を交わした。
それにしても、アスイテントはキトが言っていた名前を反芻する。
アーリエ、どこかで聞いたことがある。
「私はどう呼べばいいですか?」
「僕のことはアスイくんとね」
「アスイ様ですね」
「様は要らないな。くん呼びで、アスイくん」
アスイテントは頬を膨らませて拗ねると、キトの膝の上に頭を乗せて寝た。
キトは戸惑う。
「これって、」
「キトさんとは対等でいたい。せっかく牢で会ったんだから」
「私は魔法騎士でしたが、私はアーリエ様以外を主とは考えられません」
「だから対等だって言ってる。もういい」
アスイテントはそれから胸を上下しながら眠る。
すぐに眠れるのは、アスイテントの特技かもしれない。
「変な人」
王になる資格があるという男はわがままを言って、拗ねて、すぐに眠ってしまった。
まだ何者なのか、キトには分からない。
でも、キトの緊張は僅かに解けたのだった。
最初のコメントを投稿しよう!