牢のなかで(2)

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牢のなかで(2)

 キトは目を覚ました。  口の中にはパンが突っ込まれている。 「起きたか」 「はい。少しだけ冷静になりました」 「そっか。僕の名前は、アスイテント。君は?」 「私はキト。昨日は食事ありがとうございました」 「あれ全部君のだ。キトさん」 「全部?」 「僕は餓死待ちらしい。でも図ってる」  アスイテントの腕は細い。  いつから牢にいるのだろうか? 「僕がキトさんの飯を奪ってるところを見たいんだろう。プライドを守って死ぬか、本能のまま食糧を奪うか、人によっては賭け事をしてるかもな」 「いつからここに?」 「一週間。僕はもともとお腹空きにくいタイプだが、もう時間はあまりないだろう」 「なら、私の食事を食べても」 「一人分の栄養しか用意してないな。だから我慢するな。それに僕はここから逃げるつもりだからな。君はどうする? 殺されはしないと思うけど、僕と同室だから拷問されるだろう」 「ここからどうやって出るのかは分かりませんが。私はどっちでも」 「そっか。君は何ができる?」  アスイテントは座ったままキトに近づく。  キトは顔を背けて距離を取った。 「私は、もう。何もないですよ」 「それならパンを食う必要なんてないはずだ。君の本音を聞きたい」 「私は何もないです」 「ふうむ。じゃあ僕の話をしよう。驚くなよ」  アスイテントは手を前に出す。  手から煙のようなものが出てくる。   「僕は精霊魔法使い。そして、王になる資格を持っている」  キトは呆れたように頭を掻く。 「王になる資格? この国は大統領制に変わりました。王位継承などありません」 「それが、僕ならひっくり返せるというわけだ。本当に王にある資格があるから。で、さっきの見た?」 「あのもくもく。魔法ですか?」 「精霊魔法かな。これを使って脱獄する」 「腕輪があるのにどうやって?」 「精霊さえ呼べればあとは魔力をほとんど使用しないから。なんとか魔力を練って、それからは精霊に助けてもらっている。精霊は精霊魔法使いにしか見えないようにしてるから、キトさんは分からないと思うけど」 「本当に、脱獄できるんですか?」 「ああ」 「私は脱獄します。惨めに捕まっているのは嫌なので」 「行くとこあるのか? 脱獄後」 「ありません」 「でも捕まってるのが嫌なのか」 「もちろんです」  アスイテントはキトの手を取る。 「なら僕と来い。君はどこかの騎士だろ、生かされているということはそれなりに地位もある。強いんだろ? 君には何がある?」  同じ問い。 「アーリエ様のいない世界に何を望むかは分かりません。でも私には力があります、腕輪さえなければ戦えます」  アスイテントは微笑む。 「合格。僕は強くないから騎士がいるのは心強い。明日ここを出よう、キトさん」  握手を交わした。  それにしても、アスイテントはキトが言っていた名前を反芻する。  アーリエ、どこかで聞いたことがある。 「私はどう呼べばいいですか?」 「僕のことはアスイくんとね」 「アスイ様ですね」 「様は要らないな。くん呼びで、アスイくん」  アスイテントは頬を膨らませて拗ねると、キトの膝の上に頭を乗せて寝た。  キトは戸惑う。 「これって、」 「キトさんとは対等でいたい。せっかく牢で会ったんだから」 「私は魔法騎士でしたが、私はアーリエ様以外を主とは考えられません」 「だから対等だって言ってる。もういい」  アスイテントはそれから胸を上下しながら眠る。  すぐに眠れるのは、アスイテントの特技かもしれない。 「変な人」  王になる資格があるという男はわがままを言って、拗ねて、すぐに眠ってしまった。  まだ何者なのか、キトには分からない。  でも、キトの緊張は僅かに解けたのだった。
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