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それから僕は暇な時間に何度も検索を繰り返した。
他に小説のネタが思いつかなかったというのもあるし、何より純粋に興味を持ってしまったからというのもある。
ついに僕が件の動画を見つけることができたのは、それから三日後のこと。一人暮らしの自宅で、寝る前にパソコンをいじっていた時のことだ。
YouTubeに上がっていたその動画は、何故か再生回数が0回で、僕が見ても増えることはなかった。
タイトルはそのまま“パニックになる動画”。それ以外に説明文はなく、同チャンネルには他に動画が上がっている様子もなく。僕は喜び勇んで、それをクリックしてしまったのである。
「んん?」
動画の内容は、何かの迷路を進んでいくというものだった。カメラを持った人物(動きが妙になめらかなのでドローンとか乗り物かもしれない)が、コンクリートのうちっぱなしの通路を進んでいくのである。
その空間は、特にライトなどがついている様子もないのに妙に明るい。此処はどこだろう、と思っていると、段々通路が狭くなってくることに気付くのだ。
――なんか、段々……自分が迷路を進んでるような気持ちになってくるな。
やがて、撮影者は少し開けた場所に到着する。開けた、といっても八畳間程度の広さの場所だ。その空間も打ちっぱなしのコンクリートの灰色の壁や天井があるばかりで、他にドアや窓がある気配はない。
諦めて撮影者が振り返ろうとすると、なんと今度は来たはずの道が消えているのである。
――あ、閉じ込められてる。え、これどうすんの?
CGだろうか。そう思っていると、カメラが一瞬震えた。やがて、少しずつ、少しずつ視界が狭くなっていくのだ。そう、上下左右の壁が、ゆっくりこちらに迫ってくるのである。
ああ、このままじゃ押しつぶされる。そう思ったところで、動画は終わってしまった。
「なにこれ?え、これでおわり?」
僕は思わず声を上げた。少し心臓がどきどき鳴っている。自分が、動画の中に入り込んで閉じ込められていたような、そんな錯覚を覚えたからだ。
しかし、怖いといってもその程度。グロテスクなゾンビが出てくるわけでもなし、蟲責めにされるわけでもなし。パニックになるくらい怖い動画だと思ったのに、正直拍子抜けだと思った。
「わけわかんね」
僕はそのままブラウザをバッテン印で閉じてしまう。直後、先輩にアドレスを送るという約束を忘れていたことに気付いた。
ああ、これはやらかした。そう思って顔を上げた、僕は。
「え」
コンクリートの空間にいた。
さっきまで、確かに自分の部屋だったはずなのに。
「え、ええ?」
目をこすっても、景色が変わらない。そこは、僕が見ていた動画で、撮影者が閉じ込められていたコンクリートの空間だったのである。右も左も打ちっぱなしの壁、灰色の床、天井。僕は、パソコンとパソコンを置いていた机、椅子と一緒に奇妙な空間に迷い込んでしまっていたのだ。
「は、はは。なにこれ、夢?」
僕は椅子から立ち上がり、そろそろと壁へと近づいてみた。自分は夢を見ているのだろうか。もしくは幻覚だろうか。しかし、確かに触れた壁は冷たい感触を伝えてくるのだ。
それだけではない。
じわじわと、非常に遅い速度で、壁がこちらに向かってきている。おかしなことだ。物理的に、天井と四方の壁、全部が同時に迫ってくるなんてありえないはずなのに。
――こ、これは、夢だ。夢に決まってる。はやく。
早く目を覚まさなければ。
僕は自分の頭を叩き、頬を抓り、ジャンプをしたり叫んだりを繰り返した。でも。
何をしても、何を言っても、景色は変わらない。
僕を押しつぶさんと、ゆっくり、ゆっくりと壁が迫ってくるのだ――。
「あ、あああ、あ……」
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