みる、みる、みる。

1/5
2人が本棚に入れています
本棚に追加
/5ページ

みる、みる、みる。

 あ、これ無理だ。  その日僕はカレンダーを見て、あっさり諦めた。 「無理。間に合わない。無理」 「おい渡来(わたらい)……」  僕の様子に気付いた道井(みちい)先輩が、パソコンから顔を上げて言う。 「お前、毎回毎回諦めが早すぎ。高津戸(たかつど)ホラー新人賞まで、あと一か月あるじゃん。頑張ればイケるって」 「先輩と一緒にしないでくれます?」  僕はむすっとして返す。正面に座っている彼のパソコンの画面は見えないが、きっと僕のように真っ白なんてことはないのだろう。 「一か月あれば安定して長編書ける先輩と違うんです。大体、まだプロット以前にネタが決まってないんですよ?どうあがいても間に合いませんって」  ここは、大学の文芸サークル。二年生の僕は、今年こそ新人賞の一次突破(受賞じゃなくて一次突破が目標なあたり、現時点までの戦績はお察しである)を目指して、原稿作成のため頑張っているところだった。  僕が主に執筆しているのはホラー小説である。  異世界転生系のラノベとか、悪役令嬢だとか、溺愛だとか不倫だとか。そういうものが流行する中、ラノベ層からも文芸層からも安定したファンが得られているのがホラーだと思っているのだ。勿論ラノベ層は軽い文体の作品を好みはするだろうが、それはそれとして怖いものが好きな人間が多い事実に変わりはない。なんだかんだと、毎年のようになんらかのホラー映画が公開されているのだからお察しだろう。  ホラーは、一種ファンタジーでもある。  現実に存在しないような脅威を味わってドキドキしたい気持ちと、同時に“異世界と違って本当にあるかもしれない”というリアリティが同時に味わえるのが魅力なのだろう。何より、怖いもの見たさ、という本能が人間にはある。いかに見る人間を恐怖させ、安堵させ、ドキドキハラハラさせることができるか。人間ドラマとしてのクオリティも求められるし、子供から大人まで楽しめるジャンルでもある。  それゆえに、僕は幼い頃からホラーが大好きな人間なのだった。ホラー小説で読書感想文を書いたら叱られたのは、今でも心底解せないけれど。 「ネタとプロットが決まれば、強引に十万文字書ききることもできるかもしれませんけど。そもそもネタが決まってないんじゃ話にならないです」  はあ、と僕はパソコンに目を落とした。  そこにはタイトルさえも書かれていない、まっさらなワードの画面が。本当に、それはもう見事なまでに真っ白なのだ。どんな主人公にするか、どのような題材を扱うか、まったく決まっていないのである。デスゲームがいいのか、因習がいいのか、あるいはヒトコワ系にするのか。不倫とかストーカー系は書ける気がしないので、最初から候補に入れていないが。 「お前、プロット書くのはそこそこ早いだろ?」  そんな僕に、苦笑いを浮かべる道井先輩。眼鏡でノッポ、いかにも優等生なこの人は、僕と違ってそこそこ戦績もいい。大きな新人賞まで三次選考まで行ったこともあるほどだ。 「何かいいネタありますう?」  僕と違って、さほどネタ切れしている様子もない。ぽんぽん書いて、ぽんぽん公募に送っている。藁にもすがるような気持ちで尋ねれば、そうだなあ、と彼は首を傾げて言ったのだった。 「じゃあさ。これ調べてみ?“パニックになる動画”ってやつ」
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!