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 翌日の夜。優花が店のテーブルを拭いていると、ガラリと引き戸が開いた。目をやると汗だくの木場が黒いギターケースを担いで立っていた。木場はつかつかと近づいてくると、テーブルの上にギターケースを乗せて、上蓋の留め具をバチんと跳ね上げた。上蓋を起こしたケースの中に、見覚えのあるアコースティックギターが横たわっていた。傷ひとつない艶々と輝くボディに、新品だと一目でわかった。 「え? 木場さんこれ……」  木場が頷く。 「この型でいいんだよね?」  優花の瞳が涙の膜で潤む。うんうんと首を振る。 「これ……どうしたんですか……?」 「探しまわって買ってきた。これで決勝がんばって!」  この日、木場はシフトを替わってもらい、朝から楽器店を訪ね歩き、夕方近くにようやく一本見つけた。一秒でも早く優花に渡してあげたいと走って持って来た。  優花は鼻を啜りながらギターを取り出して、左手で弦を押さえると右手でボロンと鳴らした。使い込んでいない分、まだ音が若いが、身体にしっくりくる母に貰ったギターだった。 「木場さん……なんてお礼を言ったら……」 「礼なんかいいよ。そのかわり絶対決勝で勝って。約束だよ」 「はい」と優花は震える声で返したが、大きな瞳からあふれる涙を隠すように、両手で顔をおおった。 「木場さん、わたし頑張るから、来週の水曜日は絶対会場に応援に来てください。木場さんが毎週見に来てくれたからお客さん少なくても頑張ってこれたんです。ファン第一号の木場さんがいてくれたら、わたし、必ず勝ってメジャーデビューの夢を掴みます」 「うんわかった。会場で応援するよ」  そう言って木場は、仕事があるからと店を後にした。優花からファン第一号と認められていた。それだけで木場には充分だった。
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