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「腰は大丈夫かい?」  富重はそういって、ちゃぶ台にフルーツの籠を置いた。同僚といっても富重とは親しい仲じゃなく、むしろ朝夕の挨拶くらいしか接点がなかった。飯場にはいくつかのグループがあり、富重たちは酒と女とギャンブル好きのグループだ。仕事が終わると毎晩のようにネオン街に繰り出し、週末は競馬や競艇に勤しむその日暮らしの連中だ。木場は酒は(たしな)むが賭け事は一切やらないので、富重たちとは距離を置いていた。かといって、他に仲の良い同僚がいたわけでもなかった。 「木場さん、奥さんは?」 「パートに出ています。娘は保育園」 「そっか」と、富重は木場に断りもなく煙草に火をつけると、天井に向けて前歯が無い口から煙を吐きだし、こう切り出した。 「俺が知ってる街金紹介しよっか?」 「え……?」と言ったきり木場が黙っていると、 「もし何社か借りてんなら一社にまとめた方が楽だし」と続けた。  あまりに図星だったので、木場は思わず富重の目を見た。サラ金の借金は四社で二百五十万に膨らんでいて、どこも限度額一杯だった。支払い日に金利分だけは返していたので督促されることはなかったが元本は一向に減らない。駅前の小便臭いサラ金ビルのATMで一店舗づつ返済するのは、惨めなものだった。まとまった金さえあればと、電柱に貼ってある怪しいローンの案内に何度か足を止めたが、思い止まっていた。決して筋が良い相手じゃないと直感していたからだ。富重も筋が良い方ではないし、飯場仕事を始めなければ一生出会わない人種ではあったが、何も素性がわからないところから借りるよりはマシだろうと、心が動いた。  富重には二、三日考えさせて欲しいと、すぐに返事をしなかった。とは言え、サラ金の借金のことは心配かけまいと妻には黙っていたので、当然妻に相談もできない。あれこれ考えてみるも他に良い方法を思いつくわけでもなく、翌日木場は「話だけでも聞かせてもらえますか」と、富重に電話を入れた。  二日後の昼間、新宿東口の都市銀行の前で富重と落ち合った木場は、職安通り沿いの雑居ビルに案内された。六階建てのビルの三階にあるオフィスには、事務机が向かい合わせに二台と壁際にグレーのキャビネットが一台あり、その横にコピー機が設置してある普通の会社に思えた。木場が手持ちぶさたに室内を見回していると、 「あんたそこで待ってて」と富重に応接室に案内され、革張りのソファに腰を下ろした。
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