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 尾藤との再会から二週間が過ぎたが、特に連絡はなかった。本当に偶然だったのかと疑心暗鬼になり、心に暗雲が立ちこめたような日々を過ごしていたが、嬉しい知らせもあった。優花が路上ライブで歌いはじめる前に「みんなにお知らせがあります」と言うと、二十人ほどのファンがザワっとした。 「情報解禁の許可が出たのでお伝えしますが、いまメジャーデビューのオーディションを受けていて、実は良いところまで進んでいます」 「おおっ」と方々から驚く声が漏れ、拍手の輪が優花を包んだ。 「ありがとうございます。もしデビューが決まったらアニメの主題歌を任せてもらえるの。二週間後が最終審査でライブ配信されます。詳しくは来週この場所でお伝えできると思います」  夕暮れの池袋に拍手と歓声が響いた。優花は、ありがとうと言いながら何度も頭を下げた。 「それでは聴いてください!」  優花が最終審査用に書き下ろした新曲を歌い始めると、木場をはじめぐるりと囲んだファンが手拍子で応援した。ところが、二番を歌い始めるや「下手くそ! やめちまえ!」と罵声が飛んで来た。ファンの輪の外から、黒いパーカーの若い男が叫んでいる。 「やめろー下手くそ! 迷惑なんだよ!」  罵声に気がついた優花が歌うのをやめ、驚いたように目を丸くして呆然としている。木場は慌ててパーカーの男に駆け寄った。 「きみ、失礼じゃないか。ここは優花ちゃんのファンだけが聴いている。嫌ならどっか行ってくれ」 「あ? うっせーなジジイ、関係ねーだろ」 「いいから来なさい!」と、木場が男の右腕を掴み強引に引っ張る。 「さわんな!」  男が腕を振り払うと同時に木場を突き飛ばし、木場はアスファルトに尻餅をついた。  数人のファンが木場と男の周りに駆け寄る。 「だれか警察呼んでください!」  木場が大声で言い放つと、男は舌打ちを残して逃げるようにその場を去った。  木場は他のファンに手を貸してもらい腰を上げると、数人のファンと共に優花に歩み寄った。優花は路上にしゃがみ込んで涙を拭っていた。  誰かが「優花ちゃん大丈夫? 無理しなくていいよ」と声をかけると、うんうんと何人かが同調した。 「みなさんありがとうございます、ちょっとビックリして……」  優花は顔をあげて笑ってみせたが、声は微かに震えていた。優花はゆっくり立ち上がるとギターを構えて「みんながついてくれてるから大丈夫、歌います!」と、気丈に演奏を再開した。突然のトラブルでかえって結束力が強まったのか、この日の路上ライブは木場が見てきたなかで一番の盛り上がりだった。  演奏が無事に終わり、ギターケースにお捻りを入れて木場が帰ろうとしていると「木場さん!」と、優花が小走りで駆け寄ってきた。 「木場さん、さっきはありがとうございました。お怪我ありませんか?」 「大丈夫、なんともないから。しかし何だったんだあいつ……」 「木場さんがいてくれて心強かったです。木場さん、さっきのお礼をしたいので、今度バイトしてるお店にきてください。私がご馳走します!」 「えっ! いやそれはダメだよ!」 「でも、私の気持ちが収まりません、ご馳走させてください!」  初めて見た優花の気迫に呑まれて「わかった、じゃあご馳走になります」と木場は、照れたように頭を掻いた。
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