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開店準備
Apaiser開店を10月5日に控えた企画室は大童だった。柞の木のフローリング、白い壁紙、アクセントとして使用した漆喰は海岸沿いの小径の雰囲気を醸し出した。
「ーーーうん、良い仕上がりだ」
「そうだろう?」
宇野は得意げにテーブルに手を付いた。
「このテーブルと椅子は特注品だったな」
「ヒッコリーの強度は抜群、衝撃にも強い」
「それならあいつが暴れても壊れないな」
「あいつ?」
「木古内和寿だよ」
宗介の目は店内と庭園を仕切る全面ガラスの扉を恨めしく見た。
「まーーーだ根に持ってるの、果林ちゃんの怪我も随分良くなったみたいだし、あとは警察と弁護士に任せておけば問題ないだろ」
「一発殴っておけば良かった」
「なに、聞こえなかった」
「あっ、宗介さん♡」
菓子工房から顔を出した果林の声は上向き加減だ。2人は頃合いが図れず最後の一線を越える事はなかったが帰宅すれば密着24時、夜は宗介のベッドで一緒に眠っている。
「かーーーりんちゃーーーん、仕事場に はあと は要らないから!」
「ごめんなさい」
それでも はあと は飛び交い現場スタッフはお手上げ状態でそれを生温く見守っていた。
「果林♡」
「ほらほらほら、仕事場に はあと は要らないから!」
そんな宇野の言葉に耳を貸さない宗介は仕事を抜け出してはApaiserに顔を出し、バックヤードで皿やカトラリーの点検を行なっている果林に擦り寄った。
「疲れていないか」
「大丈夫ですよ」
「はいはいはい はあと は出て行く出て行く!」
「ーーーちっ」
果林がプレオープンの招待状をせっせと折れば、宗介は背中からテーブルに手を付き覆い被さって囁きかけた。
「疲れていないか」
「いいえ」
「休憩に行かないか」
「今、忙しいので離れてく・だ・さ・い!」
「はいはいはい、副社長は業務に戻った戻った!」
「ーーーちっ」
企画室スタッフから開店準備の妨げになると出入り禁止を喰らった宗介だが、会社公認の職務が発生し小躍りでApaiserに入店した。それはApaiserの記念樹、カリンの植樹だった。
「はーーい、こちら向いて下さい」
会社広報課や地元新聞社のカメラに満面の笑みで応える副社長の手はApaiserオーナーの果林の腰に回されていた。
「宗介!おま、披露宴じゃねーんだぞ!」
「ーーーちっ」
宗介は深紅の薔薇色の日々を過ごし、遂に大輪の薔薇が花開く10月3日を迎える事となった。
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