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再婚禁止期間 解禁
シャワーを終えた果林がバスタオルで髪を拭きながらリビングに向かうとなにやら情緒満点、シーリングライトは消灯、間接照明に宗介の姿が浮かび上がっていた。
(ーーーーん?)
チェストの上にはキャンドルの灯りがゆらめきラベンダーの香が漂って来る。
「宗介さんにアロマキャンドルの趣味があったとは知りませんでした」
「今日、秘書に買って来させた」
(ーーーー秘書の意味)
「気持ちを鎮める効果があるらしい」
「それにしては」
落ち着かなくてはならないのは如何やら宗介の方だ。右手にはボールペン、左手には朱肉を持って正座している。当然の事テーブルには例の婚姻届が広げられていた。
「果林、今夜が年貢の納め時だ」
「時代劇ですか」
「果林、今日が何日か気が付いているのか」
「あーーープレオープンとか忙しくて、2日?」
宗介は首を左右にぶんぶんと振ると眉間に皺を寄せた。
「果林はダーリンの誕生日を忘れたのか」
「3日、かな?」
「ちがーーーーーう、ブッブーー4日だ」
「子どもですか」
「今日は10月3日だ、おめでとう」
「おめでとう、なにがですか?」
ボールペンと朱肉をテーブルに置いた宗介は胡座を掻くと手招きをして果林を膝に座らせた。これは心地良いが何度やっても気恥ずかしく果林は頬を赤らめた。宗介は婚姻届を両手で持つと果林の目の前に近付けた。
「ちょっ、そんなに近いと見えませんって!」
「あ、すまん」
「婚姻届が如何したんですか」
「おめでとう今日は10月3日、再婚禁止期間の最終日!あと3時間で時効成立だ!」
「警察ドラマですか」
「そして明日はダーリンの誕生日だ」
「おめでとうございます」
「なに白けた顔をしているんだ」
「だって39歳のお祝いはしたくないって言っていましたよね?」
「39歳は嬉しくないが誕生祝いはしたい」
「あ、そうなんですか?」
宗介は果林を抱きしめ左手を出せと手首を掴んだ。
(あーーーー)
流石の果林もこの状況で手相を見るとは思えず思いっきり手を開いてみた。案の定それは薬指にするすると嵌った。
「指輪のサイズはいつ測ったんですか」
「企画室にあったホワイトボードマーカーが似たようなサイズだったから店に持って行った」
如何してこういう事が思い付くのだろうかと思わず失笑してしまった。
「8号くらいだというので、丁度良いな」
「浮腫んだら分かりませんけれど、ピッタリです」
「感動しろよティファニーだぞ」
「わあー」
「1.5ctだぞ」
「わあー」
それは繊細な4本爪セッティング、中央のダイヤモンドに向けて細くなるテーパード型のリングが美しく輝いていた。背中を向け俯き加減の果林の目尻には熱いものが浮かび、それは目頭を伝って宗介の膝に落ちた。
「ーーーなんだ、泣いているのか」
「ーーー」
「まだ言って無かったな」
宗介は果林の首筋に顔を埋めるとくぐもった声で熱く囁いた。
「羽柴果林さん、私と結婚して下さい」
「ーーーっ」
「果林さん、大切にします」
果林は振り向くと涙を溢した。
「私で良いんですか」
「はい、果林さんが良いんです」
「勉強も、短大卒業ですよ」
「学歴なんて関係ない」
「顔だってチンチラって言われますよ、ネズミですよ」
「動物は可愛い」
「胸だって、胸だってこんなに小さいし!」
「私が大きくしてあげます」
「大きくなるの?」
「なるんじゃないですか?」
そこで2人は小さく笑った。
「もう一度言って下さい」
「結婚しよう」
「はい」
「結婚して下さい」
「はい」
宗介は力一杯、華奢な果林を抱き締めた。
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