3-4 6月24日は、魔法の日

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「ほんとに、嫌じゃないですか?」 「ああ。嫌だったら、ちゃんと言う。約束したからな」  穂さんの表情は限りなく無表情に近いのですが、それでも眼差しは穏やかでした。大きな手が私の頭をぽん、とひと撫でしてくれます。  髪が汗で濡れていないか心配でしたが、その優しい手の感触が、どうしようもなく幸せです。 「ふふふふー」  私が笑い声を零したとき、校庭のほうから、放送委員の元気な実況がかすかに聞こえてきました。午後の競技が始まる時間かな。そろそろマリちゃんと合流しないと。 「もう戻るか?」 「はい、まだ競技が残ってますから!」 「頑張れよ」 「穂さんこそ、バイト頑張ってください! 来てくれて嬉しかったです。疲れなんて、ふっ飛んじゃいました」  立ち話だったのに、不思議なくらい全身の疲労感が消えています。今ならキュウリダンスをフルで踊れそうです! 「なら良かった。あと、差し入れ」  塩飴の袋をありがたく受け取ります。やっぱり穂さんは気遣い屋さんだぁ。 「ありがとうございます。元気も塩分もチャージさせていただけるなんて!」 「塩分は大事だからな。水分は足りてるか?」 「はい、昼休憩のときに、母さんから麦茶の差し入れがありました!」  穂さんは「そうか」と呟いて、ふと目を細めました。 「千春に更に元気をチャージする方法を、思いついた」 「なんと! やっぱり穂さんは天才ですね!」 「目ぇ閉じて」 「はい!」  私は素直に目を閉じて。  そして、魔法を知りました。  御伽噺に出てくるそれは、比類なく強力な魔法だったのだと、私はついに知りました。 「……え」  目を開けたときにはもう、穂さんは背を伸ばして立っていて、無表情で私を見つめていました。  ただ、「嫌だった?」と聞く声だけが、いつもより小さくて。  私は即座に首を振り、つい、右の指先で、自分の唇に触れます。  やや乾燥気味の、私の唇。    今、あなたに魔法をかけられた、私の唇。 「あ、あのっ、いいいい嫌なんてことは、ぜったい、ぜったいなくてっ」  顔が熱くて、心臓が、暴れてて、舌が、唇が、体が、震えて、なのに疲労感はどこかに消えて、そう、ほんとに、元気なんですけどっ!  キス。  唇への、キス。  はじめて。  生まれて、初めて。
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