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★穂さん、神学学食にて
神奈川学院大学バスケットボールサークルは、緩すぎる。
本気でバスケをしたい奴は、絶対に入るな。緩すぎて絶望する。
出場する大会だって、その年のキャプテンの気まぐれで決まる。目標も何もあったもんじゃねぇ。
活動日は月、水、金とたまに土曜。ただし出欠は基本とらない。会員は多いが、名前だけ登録してる奴ばっかり。
そのくせ、今日みたいに他校と練習になると、出席率が上がるんだよな。他校と繋がりが欲しい奴らが、どっからか湧いてくるから。
「なんかさー、オレ聞いちゃったんだけどぉ、湘工大のマネ、スイのことカッコイイって言ってたんだけどぉ」
「へえ」
「ちくしょー、可愛い子だったのに! えっと、今は……見当たらねぇなぁ」
土曜でも、そこそこ神学の学食は混んでいる。幹彦は辺りを見回していたが、急に立ち上がって手を振った。視線の先を見ると、バスケサークルキャプテンの白浜さんと、副キャプテンの松田さんがいる。
「白浜さーん、松田さん、ここ空いてますよっ」
「おー、柏、空峰、悪いなぁ」
「全然悪くないっすよ! あ、聞いてください。スイが、微妙にモテてるんすよ! 湘工大のマネが、スイのことカッコいいって」
「なにっ!?」
白浜さんの目が光る。大盛り牛丼定食が乗ったトレーを、俺の前に置くと真顔で言った。
「お前にはハルちゃんがいるだろ?」
「え、はい」
「なんだ、その返事は!」
「こら白浜、やめなよ。お前、木島さんの保護者じゃないだろ」
白浜さんの隣に腰を下ろしながら、松田さんは呆れた声を出した。それから、俺のほうに視線を向ける。
「あ、空峰も焼きホッケ定食じゃん。美味いよね」
「美味いっすね。うちの学食は焼き魚が美味い。あと米も美味い」
「わかるわかる。和食は当たり多いよねー」
サークルの先輩の中で、俺が一番話す相手はたぶん、松田さんだ。
白浜さんは幹彦と仲がいいけど、千春の幼なじみでもあるから、最近は話しかけられることが増えた……にしても、今日の白浜さんは面倒そうだな。
「でもなぁ、松田。空峰の返事に覇気がない」
「空峰は基本的に覇気がないよ」
「はい」
「いや、スイは白米のことになると覇気が溢れ出しますから! あ、ハルちゃん、ってのがスイの彼女ちゃんっすか?」
「そうだぞ、千春ちゃんだ」
千春の情報が白浜さんの口から漏れていく。千春から許可は貰ってんのかな。
「な、スイ、最近のデートではどこ行ったん?」
「おお、オレも聞きたいぞ、聞かせろ!」
白浜さんがぐっと身を乗り出す。幹彦も興味津々、って顔だ。松田さんだけは冷静にホッケの身をほぐしている。俺も飯を食うのに集中してぇんだけど。
「この前は……ファミレスで間違い探しして、経営が心配な画材屋に行って、夕飯で魚食った」
幹彦は「間違い探し? ガザイヤ? 魚食った?」と出てくる言葉全てに疑問を持って聞き返す。『魚食った』は理解できんだろ、理解しろ。
「ちゃんと健全なデートだなぁ。うん、その調子で頑張ってくれよ。オレも命は惜しいからなぁ……ハルちゃんのお姉さんとお兄さんは怖いぞぉ」
「ご両親には一瞬会いました。けど、お姉さんとお兄さんには会ったことないっす」
そもそもお姉さんは結婚して家を出ているし、お兄さんは同居しているが、社会人二年目で忙しいらしい。どっちも、妹の彼氏に構う暇はないんじゃねぇの。
「あー、とにかく気をつけろ。トウマさん……お兄さんのほうは、暴走するタイプだ。浮気してハルちゃんを泣かせてみろ。コロされるぞ」
「浮気なんてしないっす」
「本当かぁ? 湘工大のマネは可愛かったぞぉ」
「顔を覚えてません」
「そ、そうか……」
白浜さんは感情の読めない表情になると、無言で牛丼をかき込み始めた。俺も、さっさと食べねぇと。米が冷めちまってる。
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