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1-4 4月28日、ふたり、はじめての誕生日
お付き合いを始めてからまだ二か月足らずの私と穂さんですが、実は思い出の場所があるのです。
沢塚駅の北口から五分のところに建つ、ビルの地下にひっそり佇む『宮星珈琲』というカフェが、私たちの大切な場所。
ボックス席が多い店内は、ゆっくり会話を楽しみたいときにぴったり。お飲み物のお値段も、安すぎず高すぎずでちょうど良し。
だから私は……穂さんに告白するとき、ここを選び、そして撃沈して帰りました。
「ここに来るのも久しぶりですねぇ」
私は届いたばかりのアイスカフェラテを眺めます。告白したときは、私はホットカフェラテ、穂さんはホットコーヒーを飲んでいました。
バレンタインの時期は、冷たい飲み物を頼むには寒すぎたのです。
私が穂さんに告白して振られたのは、2月15日。
なんやかんやあってオーケーを頂き、お付き合いがスタートしたのは3月3日。
お付き合い記念日も、私はホットカフェラテを飲んでいて、穂さんはホットココアを飲んでたよね、うんうん覚えてる。
「そうだな。付き合うのが決まったとき以来だ」
正面に座る穂さんは、記憶を探るように目を細めました。彼の前にはクリームソーダが置かれています。緑色の泡がしゅわしゅわ弾けて綺麗です。あーチョイスが可愛い。
「振られたのもここで、お付き合いが決まったのも、ここ。ふふ、またなにかあったら、ここに来ましょうね」
私はアイスカフェラテをくるくるーっとかき混ぜてから、一口飲みました。これくらい柔らかな苦みは好きだけど、ブラックコーヒーはまだ苦手だなぁ。
「なにかって?」
「うーん、交際が正式に認められたときとか、穂さんが無事に進級できたときとか」
「計算上は進級できる。今のところ」
穂さん、声が小さいです。まだ4月だから、計算通りに頑張って!
「じゃあ、留年が決定したときもここに来ましょう。早めに教えてくださいね」
「大丈夫だ。おそらく」
声が小さいんですって……ですが、ここは彼を信じましょう。信じてますよ、穂さん。あなたなら絶対、進級できます!
「……あの、留年以外にも、嫌なことや苦しいことがあったら、私に教えてくださいね」
このまま穂さんの大学生活を深堀りしてもいいけれど、でもせっかくの機会だから、私は真面目な声を出しました。
「私、『楽しいこと』を見つけるのは得意ですけど、それ以外は穂さんよりも鈍いから」
「鈍くねぇよ。鈍いのは俺だ」
「ううん、そんなことないです」
あなたの心は……ご自分で言うように、多くの人よりほんの少し、鈍いのでしょう。
多くの人よりほんの少し、心が遠くにあって、だから『恋』のような、いろいろな心が混ざってできた複雑な感情が、よくわからないと言うのでしょう。
あなたは無表情で、抑揚のない声で、『空っぽだ』と自嘲するけれど。
「穂さんって、結構気遣い屋さんじゃないですか」
たぶん穂さんは元々、色んなことに敏感なタイプだと思うんです。まだ付き合いの短い私ですから、あくまで推測ですが。
でも、眠れなくなったり味がわからなくなったりした経験がある穂さんを……ただ鈍いだけの人だとはやっぱり思えなくて、折に触れて、私は決意を新たにするのでした。
私は、穂さんにたくさん楽しい気持ちをあげたい。
辛くて苦しい気持ちは全部吸い取ってあげたい。
穂さんを、ちゃんと大切にできる彼女になりたい。
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