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★小話その2『千春が好きな、泥だんごの話』
塾が終わった千春を、彼女の家に送り届けたとき、それに気づいた。
「……泥だんご」
木島家の玄関扉を開けてすぐ脇の地面に、泥だんごが3つ、並んでいる。
泥だんごが、マトリョーシカみたいに大中小と順番に、並んでいる。
そんで、それらは全部、ピカピカだった。
「新作です」
千春はキリリと眉を上げて言う。旧作は展示しねぇのかな。
「泥だんご、どこで作るんだ?」
「これは公園の砂場ですね。小さい妹がいる友達がいるので、その子たちと一緒ならお咎めナシ!」
俺だったら警察に咎められるが、千春なら大丈夫だろう。ピカピカの泥だんごを見つめていれば、千春が解説を加えてくれる。
「家の庭で作ることもありますよ。ホームセンターで砂を買って……泥だんご、触ってみます?」
「いいのか?」
「もちろん! あ、お手拭き持ってきますね」
千春は家に駆けこんで行く。玄関前で喋ってると、千春が彼女の両親に怒られてしまいそうで心配だ。
でも、家から出てきた千春は笑顔だし、たぶん少しくらいなら話せるな。
「お待たせしました! さあ、お触りください!」
誤解を招きそうな発言だな、と思いつつ、俺は中サイズの泥だんごを手に取る。
冷たいそれを、木島家の玄関灯の明かりにかざすと、宝石みたいにキラリと光った。
「最近は泥だんご作製キットなんてのも、売っておりまして。良い時代になりました!」
腕組みをして頷く千春には、職人の風格があった……それにしても、この泥だんご、本当にツルツルのピカピカだ。指に引っかかる感じが少しもない。
「そういや、千春はなんで泥だんごが好きなんだ?」
「えっと、たぶん幼稚園の頃に……一週間くらいかけて作ったピカピカ泥だんごが、いっぱい褒められたから、ですかね」
そう教えてくれた千春は、恥ずかしそうに笑った。俺は泥だんごを展示場に戻して、彼女からウエットティッシュを受け取る。
「すごいことだな」
「なにがですか?」
「褒められたのを覚えてることと、ずっと好きなものがあること」
不思議そうだった千春の顔が、またパッと輝く。本当に表情の変化が豊かな人だ。
「そうですか……そうですかぁ」
「なんで二回言った?」
「穂さんがすっごくいいことを言うからです! あ、お手拭き回収しちゃいまーす」
「ああ、ありがとう。じゃあ、またな。おやすみ」
「はーい、今日もありがとうございました! おやすみなさい!」
とても機嫌がいい千春に見送られながら、歩き出す。
ふと空を見上げると、今日は満月だと気が付いた。
千春が作った泥だんごみたいな満月だな……なんて言ったら、月に怒られるだろうか。
★小話その2【おわり】
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