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「俺の話じゃなくて、千春の話をしたほうがいいだろ。あと……10分で誕生日だ」
「えっと、じゃあ私の話といえば……そうです! 穂さんからいただいたハンドクリームとネイルオイル、今日も使ってますよ。いい香りー!」
爪が見えるように、手をスマホの画面に映しました。手から香るほのかな石鹸の匂いは、私をとびっきり幸せな気持ちにしてくれます。
「本当に……ありがとうございます。プレゼントをくれたことも、誕生日を覚えていてくれたことも、嬉しい」
「いや……俺は意外と、記憶力が良かったらしい」
穂さんは、ほんのり微笑んだようです。スマホの画質ではその素敵な笑みが見えにくくて、ちょっと悔しくてもどかしい。
その後も、私と穂さんの会話は、穏やかに進んでいきました。夜遅くに好きな人と会話するって、すごく癒しになるなぁ。定期的に開催してもいいかなぁ、なんて考えていると、不意に「あ」と穂さんが呟きました。
「30日になった」
「ありゃ」
「誕生日おめでとう」
穂さんは、微笑んでくれていました。
その笑みは、やっぱり、ほとんど無表情に近い、ほんのりしたものだけど。
「……ありがとう、ございます」
星が、チカチカ瞬いているみたい。
綺麗な笑み。大好きな笑み。
私は頬を熱くして、画面の向こうの星を眺めます。
世界でいちばん恋しい私の彼氏は、まだ遠い人だなぁ。
「来年の誕生日は……朝から晩まで、一緒にいたいです」
「俺がやらかさなきゃ、たぶん泊まりとかも、許してもらえるだろ」
穂さんは、私の両親を気にしているみたい。
もちろん私も、無事に交際1周年を迎えられることを願っています。
でも、私の願いは、本当はそれだけじゃない。
来年の今頃は……穂さんも、私に『恋』をしていて欲しい、なんて、酷い我儘でしょうか。
彼の心と私の心が重なるまで、何年だって待てる。
それでも、なるべく早めに私たちの心が重なれば、と願ってしまいます。
私は今日も、穂さんが好き。明日も明後日もその先も、穂さんが好き。
穂さんは……どれぐらい先の未来で、私に『恋』をしてくれますか?
「穂さんのお部屋、すごく気になります」
「面白いもんはないぞ」
だけど、本当の願いを伝えると、穂さんにプレッシャーをかけてしまうでしょう。
今日は、私の願いは秘密にしておきましょうか。
「いえいえ、大好きな人の部屋ですよ? 面白いに決まってます!」
「決まってんだ」
「宇宙創成から決まってますよ! あ、私の部屋にもぜひ、来て欲しいです」
「千春の部屋は絶対面白いだろうな」
「えー、絶対ですか?」
「そう、絶対」
真顔で頷かれると、自分の部屋の面白さに自信が持てますね。
早く来年になって欲しいのに……穂さんと一緒に過ごす時間、あっという間に過ぎちゃったらもったいない! とも強く思います。
この矛盾はどうやったって解決しないよね。今は矛盾に頭を悩ませていないで、穂さんとお話を続けたいな。
「……穂さん、もう少しお話してもいいです?」
「ああ。千春が眠くないなら」
優しいお言葉に甘えて、寝落ちする寸前まで穂さんの素敵な声を聴いていました――よし、明日起きたら兄さんに、好きな人とお話しながら迎えた誕生日が特別愛しいのは、絶対に錯覚じゃないよって、伝えなきゃね。
☆小話その4【おわり】
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