4月 小話『ヒポポたまちゃん文明』ほか

6/6

10人が本棚に入れています
本棚に追加
/39ページ
「俺の話じゃなくて、千春の話をしたほうがいいだろ。あと……10分で誕生日だ」 「えっと、じゃあ私の話といえば……そうです! 穂さんからいただいたハンドクリームとネイルオイル、今日も使ってますよ。いい香りー!」  爪が見えるように、手をスマホの画面に映しました。手から香るほのかな石鹸の匂いは、私をとびっきり幸せな気持ちにしてくれます。 「本当に……ありがとうございます。プレゼントをくれたことも、誕生日を覚えていてくれたことも、嬉しい」 「いや……俺は意外と、記憶力が良かったらしい」  穂さんは、ほんのり微笑んだようです。スマホの画質ではその素敵な笑みが見えにくくて、ちょっと悔しくてもどかしい。  その後も、私と穂さんの会話は、穏やかに進んでいきました。夜遅くに好きな人と会話するって、すごく癒しになるなぁ。定期的に開催してもいいかなぁ、なんて考えていると、不意に「あ」と穂さんが呟きました。 「30日になった」 「ありゃ」 「誕生日おめでとう」  穂さんは、微笑んでくれていました。  その笑みは、やっぱり、ほとんど無表情に近い、ほんのりしたものだけど。 「……ありがとう、ございます」  星が、チカチカ瞬いているみたい。  綺麗な笑み。大好きな笑み。  私は頬を熱くして、画面の向こうの星を眺めます。  世界でいちばん恋しい私の彼氏は、まだ遠い人だなぁ。 「来年の誕生日は……朝から晩まで、一緒にいたいです」 「俺がやらかさなきゃ、たぶん泊まりとかも、許してもらえるだろ」  穂さんは、私の両親を気にしているみたい。  もちろん私も、無事に交際1周年を迎えられることを願っています。  でも、私の願いは、本当はそれだけじゃない。  来年の今頃は……穂さんも、私に『恋』をしていて欲しい、なんて、酷い我儘でしょうか。  彼の心と私の心が重なるまで、何年だって待てる。  それでも、なるべく早めに私たちの心が重なれば、と願ってしまいます。  私は今日も、穂さんが好き。明日も明後日もその先も、穂さんが好き。  穂さんは……どれぐらい先の未来で、私に『恋』をしてくれますか? 「穂さんのお部屋、すごく気になります」 「面白いもんはないぞ」  だけど、本当の願いを伝えると、穂さんにプレッシャーをかけてしまうでしょう。  今日は、私の願いは秘密にしておきましょうか。 「いえいえ、大好きな人の部屋ですよ? 面白いに決まってます!」 「決まってんだ」 「宇宙創成から決まってますよ! あ、私の部屋にもぜひ、来て欲しいです」 「千春の部屋は絶対面白いだろうな」 「えー、絶対ですか?」 「そう、絶対」  真顔で頷かれると、自分の部屋の面白さに自信が持てますね。  早く来年になって欲しいのに……穂さんと一緒に過ごす時間、あっという間に過ぎちゃったらもったいない! とも強く思います。  この矛盾はどうやったって解決しないよね。今は矛盾に頭を悩ませていないで、穂さんとお話を続けたいな。 「……穂さん、もう少しお話してもいいです?」 「ああ。千春が眠くないなら」  優しいお言葉に甘えて、寝落ちする寸前まで穂さんの素敵な声を聴いていました――よし、明日起きたら兄さんに、好きな人とお話しながら迎えた誕生日が特別愛しいのは、絶対に錯覚じゃないよって、伝えなきゃね。 ☆小話その4【おわり】
/39ページ

最初のコメントを投稿しよう!

10人が本棚に入れています
本棚に追加