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1-1 4月6日のお迎えとくしゃみ
沢塚駅は、今日も賑わってる、つーか単純にうるせぇ。
横浜駅から電車で二十分かからずに着くだけあって、人口が多いんだ。
飲食店が多くて酔っ払いだらけの駅の北口を進み、連絡通路を通って南口に出る。南口は住宅街だから、北口より落ち着いた雰囲気だ。
目の前にある大きな横断歩道は渡らずに、しばらく左に歩くと見えてくるコンビニが、俺たちの待ち合わせ場所。
コンビニの看板の横で立ち止まってスマホを確認すると、ちょうど彼女からメッセがきていた。
『終わりましたー!』
メッセが送信された時刻は9時2分、今は9時7分。なら、そろそろ──
「――穂さーん!」
顔を上げたタイミングで、名前を呼ばれる。スマホをポケットに突っ込み、駆けてくる彼女を見守った。
「待たせちゃいました?」
「今来たとこ」
「マンガみたいなセリフも似合いますねぇ! 今日も穂さんはとっても素敵です」
俺の彼女は、ただ事実を告げるだけで褒めてくれる。
彼女は──木島千春は、今日も俺のことが大好きだ。
「コンビニ寄ります?」
「今日はいい」
首を振れば千春はまつ毛をパチパチさせた。千春のまつ毛は綺麗に反り返っている。今日は普通に学校だけど、彼女はメイクが好きだし、マスカラでもつけてんのかな。
「寄らないんです? 今日の夜ご飯はもう食べました?」
「食べた。大学近くの定食屋で、生姜焼き定食」
「いいなぁ、生姜焼き! ああ、お腹空いたぁ!」
そう言った瞬間に、千春の腹がぐぅぅぅぅっと鳴った。コンビニに入店しかけたサラリーマンが振り返るほどの、大きな音だ。
「す、穂さんが生姜焼きの話をするからです」
「俺のせいなのか」
千春は、自分が着ている紺色のブレザーの裾を握り、頬を真っ赤にしていた。照れてるな。怒っていたらもう少し、目元がきつい。彼女は表情が豊かだ、百面相じゃ足らない。
「ほら、腹減ってるんだろ。帰るぞ」
さっきのサラリーマンが、コンビニの中から俺たちをチラチラ見ていた。
千春は大人しそうな黒髪の美少女で、そのうえ神奈川でトップクラスに頭が良い高校の制服を着ている。一方の俺は、どう見てもチャラい。通報したい気持ちもわかるが、してもたぶん無駄だ。
前に警官に話しかけられたとき、千春が全身全霊全力で訴えて丸く収めてくれたからな。
『穂さんはヒトを殴ったり白い粉をばらまいたりしません!
ただの大学生で、私の大切な、彼氏さん……えっ、彼氏!? すごい、こんなウルトラカッコいい人が私の彼氏!? ちょっと待って、その事実を嚙みしめると幸せで大爆発……あ、両親に許可は貰ってますよ! 家まで来ます? すぐそこなんです!』
……なんでこの訴えで丸く収まったんだ? 『両親に許可を貰ってる』が効いたのか?
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