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次に、彼の声を聴いたのは、好きなマンガの話になったときでした。
「ハルちゃんはどんなマンガ読むの?」
「えっと、『バキ』とか?」
「バキってあのバキ!? 地上最強の!?」
「そのバキ以外に知りませんが」
「へ、へえ……イカツい趣味だね」
驚愕する男性陣と微妙な顔の女子勢。なぜか空気が気まずくなったとき。
「『バキ』に、同じ名前の奴いなかったか?」
気まずい空気をものともせず、良い質問をしたのがそらみねさん。彼の表情や眼差しは、しん、と冷えていましたが、呆れや悪意はなさそうです。
「いますね! 私の名前の由来は、その千春さんではありませんが!」
その澄んだ表情や眼差しが少し不思議だな、と思いながら答えます。
「そうか」
「そらみね、お前さ、思い出させんなよ」
「チハル流の千春の幻覚が見える……」
「すんません」
男性陣が幻覚に苦しむ中、そらみねさんは涼しい顔。すっごくマイペースな人みたい。話題の中心が別の人に移った後も、私は彼を気にしていました。
そらみねさんは賑やかな方ではないし、席が離れているので、彼の声はなかなか私の耳に届きません。代わりに、そらみねさんの隣に座った女の子のむやみに甘い声が、彼の情報を私に教えてくれます。
「白米? そらみねさん、和食が好きなんですか?」
そらみねさんのお顔立ちが整っているから、彼と話す女の子の声は蜜みたいに甘いのでしょうか……彼の返事は聞き取れませんでしたが、賑やかなおにーさんの中の、どなたかの声ははっきり聞こえました。
「こいつに引っかかっちゃダメだぞ。元ヤンだし、めっちゃ女の子食ってるしー」
「えー、そうなんですかぁ?」
悪意のない、ふざけているだけの言葉のようです。そらみねさんは、冗談めかして盛り上げても良かったはず。
けれど私が見たとき、彼は軽く肩をすくめ、無言でポテトを食べていました。冷たい表情が、彼の雰囲気にピッタリとハマっていて……なんだか目が、惹きつけられて、しまうような。
「ねえハルちゃんってさ、結構『変わってる』よね?」
急に近くのおにーさんに話しかけられて、慌ててその人を見ました。自分がなんて言葉を返したのか、覚えていません。
「クラスの男子、びっくりしてんじゃない? 話したらハルちゃんがこんな感じで」
「確かに、ハルちゃん、今のままだともったいねぇよ!」
「な! 虫の話とか要らないからさ。そういうの喋らないほうが、絶対モテるって!」
こういうことを言われたら……私は、謝ればいいの?
あなたたちの頭の中の『私』をくみ取って、上手に話せなくてごめんなさい、そういう風に、謝ればいいの?
『お前の一番イイとこは顔なんだからさ、マジ黙ってろっつーの』
……嫌な言葉を思い出しました。その思い出が、現実に被さりました。レイちゃんを見ると、彼女も私を見て、口を開こうとしていました。だけどその前に、元輝さんが言います。
「もうそろそろお開きの時間だな。最後に席替えでもしておくかぁ」
もしかすると、元輝さんは私の様子に気づいていたのかな。気を遣ってくれたのかもしれませんね。
だって、その席替えで、私はそらみねさんの隣になったんだもの。
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