春愁1

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「よろしくお願いします」 「ああ」  会話が一瞬で途切れたけど、嫌な気はしません。きっとお話しやすい人だろうから、いろいろ聞いてみよう。 「あの、お名前、どんな字を書くんですか? ちなみに、私は木曜日の『木』に日本列島の『島』、下の漢字はバキの千春さんと同じです!」  珍しいお名前だなと思っていたのです。聞かれ慣れているのか、そらみねさんはすらすらと教えてくれました。 「青空の『空』に霧ヶ峰の『峰』、稲穂の『穂』」  空峰(そらみね)(すい)さん……綺麗なお名前。稲穂の『穂』なら、秋生まれかなぁ? 「いいお名前ですね! 秋生まれですか?」 「そう。10月15日」  律儀に日にちまで教えてくれました。しかも最近です、祝っておきましょう。 「つい最近ですね、おめでとうございます!」 「どーも。木島は春生まれ?」  あ、苗字呼び。合コンって、あだ名で呼ばなくても大丈夫なんだ。 「はい、4月30日です」 「おめでとう?」  疑問形のお祝いの言葉を頂きました。来年の誕生日まで半年ぐらいだし、未来をお祝いして貰えたってことにしようかな。 「ありがとうございます。そういえば、マンガはよく読まれますか?」 「薦められれば、なんでも読む」 「ほうほう。空峰さんって、多趣味なんです?」 「無趣味だ。薦められたものを、読んだり聴いたりするだけ」 「へえ、ライブとか行きます?」  空峰さんはライブを見たことがあるバンド名を挙げてくれました。わー、大学生っぽい! 「私、ライブに行ったことなくて。ヘドバンしてみたい!」 「ヘドバンは辛そうだから、控えめなほうがいい」 「空峰さんもヘドバンするんです?」 「しない。ヘドバンする友達を観察してる」  とんでもなく熱狂すると噂のライブハウスで、クールに立っている空峰さん、容易に想像できちゃうなぁ。私はつい、小さく笑ってしまいました。 「楽しいです?」 「ライブが? 観察が?」 「両方です」  空峰さんは少し考えています。その間に、私はデザートのパンナコッタを食べます。わぁ、イチゴ味パンナコッタ美味しい! 「どっちも楽しい」  答えてくれた空峰さんの横顔へ、視線を移しました。 「楽しくなきゃ、何度もライブになんて行かねぇな」  納得したような口調です。なんだか微笑ましい気持ちになりますね。 「空峰さんは、『友達の趣味を一緒に楽しむこと』が趣味ですね!」 「……そういうことなのか?」  空峰さんが首を右に傾けます。私は拳を握り、自信満々に宣言しました。 「はい、そういうことです! 空峰さんは無趣味じゃないです!」 「なるほど」  無表情のままだけど、嫌な気持ちになってはいないみたい。良かった、と胸を撫で下ろしてパンナコッタを食べつくします。ふぅ、ごちそうさまです。 「木島の趣味は? なんか、いろいろあるっぽかったけど」 「はい、お絵描きと工作と研究ノート作りが趣味です! まず研究ノートについて解説しますと――」  喋りまくる私に、空峰さんはデザートを食べる合間に相槌を打ってくれます。それが心地よくて、盛り上がってしまった私は、元輝さんに肩を叩かれるまで、時間を忘れていました。 「ハルちゃん、お開きだぞ」 「あ、はい! 空峰さん、ありがとうございました」 「こちらこそ」  空峰さんは最後まで無表情だったけど、でも、怒ってるとか怠そうとか、そういう無表情じゃないって……信じたい。  私、空峰さんと話してるとき、全然しんどくなかった。嫌な言葉、思い出さなかった。空峰さんも、嫌な気持ちになってないといいな。 「一次会は終了だ! お前ら、連絡先を交換するのは勝手だが! やらかすんじゃないぞ、逮捕されるのはこっちだからなぁ!」  元輝さんの盛り下がる挨拶中、私は空峰さんの横顔をちらちらと見つめていました。  私に、『変わってる』とも『もったいない』とも『こうしたほうがモテる』とも言わなかったその人は、とても平静な顔をしていました。  普通に、話してくれただけ。  特別なことなんて、なんにも言われてない。  なのに、どうして。  彼の横顔は、こんなにも色鮮やかに見えるのでしょうか。
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