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「……待って!」
私の声は、雑踏に飲み込まれなかったようです。
立ち止まってくれた空峰さんに、駆け寄ります。
「待ってください……ごめんなさい、やっぱり送って欲しい、です」
唇から転がり落ちた言葉があんまりおかしくて、顔を俯けます。
なんて失礼で、身勝手な言葉。これじゃ元輝さんを怒れない。
空峰さん、さすがに呆れるかな……と思ったのに、見上げた彼は、さっきと同じ。
「わかった。で、家どっち?」
しん、と冷たい無表情。どこまでも平静な、声。
「……南口です」
「そうか」
私たちは歩き出します……空峰さんがなにを考えているかは、わかりません。
「空峰さんは、どちらにお住まいですか?」
「北沢塚駅の近く」
北沢塚駅は、神奈川学院大学の最寄り駅。沢塚駅から歩いて20分もかかりませんが、私の家とは反対方向です。
「反対方向ですね、ごめんなさい」
「木島の家、近いんだろ? 別に問題ねぇ」
「ありがとうございます」
会話、途切れちゃった。私は慎重に言葉を探します。これ以上、失礼なこと言いたくないなぁ……考えているうちに、騒がしい改札前から、静かな南口へ。住宅がメインで、お店は少なめです。
「あの、南口は来たことありますか?」
「あんまり」
「ですよねぇ。買い物スポット、北口ばっかだし。あ、美味しいラーメン屋さんがありますよ! あっちの道路を右に行って」
道を指差して言葉で説明するの、もどかしい。友達だったら、メッセで場所送ればいいけど……友達じゃないし。
「知らなかった。今度行ってみるか」
「ラーメン好きですか?」
「大学生は大体、ラーメンが好きだ」
「なんですか、その偏見」
「大学近くのラーメン屋は、いつも大学生が多い」
「それは……大学の側にあるから、当然では?」
「かもしれない」
ゆるい会話に、私の緊張もゆるみます。
空峰さんって、私の周りにはいなかったタイプの人なのに、話しやすい……もっとお話したいな。もっと、もっと、彼のこと、知りたい。
「空峰さん、ひとり暮らしですか?」
「ああ」
「ご出身は?」
「横浜」
「子ども科学館!」
はしゃいだ私を見た空峰さんは、首を傾げ、それからまた前を見ました。
「……遠足で行ったな。ロボット、何人かいるとこだろ?」
「いますね、階段に3人くらい。クイズができるロボット」
『何体』じゃなくて『何人』なんだ……可愛い、なんて失礼かな……ふふ、でも可愛い。
「そうだ、3人いた。木島は理系?」
「いいえ、ド文系です。でも、科学館や博物館は大好きです。仕組みや構造が理解できなくとも、面白いものは面白いし、綺麗なものは綺麗でしょう?」
「ああ。そういえば科学館に、プラネタリウムあるよな? あれの仕組み知らねぇし、宇宙の知識もねぇけど、とにかく綺麗だ、と思う」
真面目に答えてくれる空峰さんです。私の言いたいことが彼にきちんと伝わった気がして、心がふわん、と浮かび上がりました。
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