春愁1

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「……待って!」  私の声は、雑踏に飲み込まれなかったようです。  立ち止まってくれた空峰さんに、駆け寄ります。 「待ってください……ごめんなさい、やっぱり送って欲しい、です」  唇から転がり落ちた言葉があんまりおかしくて、顔を俯けます。  なんて失礼で、身勝手な言葉。これじゃ元輝さんを怒れない。  空峰さん、さすがに呆れるかな……と思ったのに、見上げた彼は、さっきと同じ。 「わかった。で、家どっち?」  しん、と冷たい無表情。どこまでも平静な、声。 「……南口です」 「そうか」  私たちは歩き出します……空峰さんがなにを考えているかは、わかりません。 「空峰さんは、どちらにお住まいですか?」 「北沢塚駅の近く」  北沢塚駅は、神奈川学院大学の最寄り駅。沢塚駅から歩いて20分もかかりませんが、私の家とは反対方向です。 「反対方向ですね、ごめんなさい」 「木島の家、近いんだろ? 別に問題ねぇ」 「ありがとうございます」  会話、途切れちゃった。私は慎重に言葉を探します。これ以上、失礼なこと言いたくないなぁ……考えているうちに、騒がしい改札前から、静かな南口へ。住宅がメインで、お店は少なめです。 「あの、南口は来たことありますか?」 「あんまり」 「ですよねぇ。買い物スポット、北口ばっかだし。あ、美味しいラーメン屋さんがありますよ! あっちの道路を右に行って」  道を指差して言葉で説明するの、もどかしい。友達だったら、メッセで場所送ればいいけど……友達じゃないし。 「知らなかった。今度行ってみるか」 「ラーメン好きですか?」 「大学生は大体、ラーメンが好きだ」 「なんですか、その偏見」 「大学近くのラーメン屋は、いつも大学生が多い」 「それは……大学の側にあるから、当然では?」 「かもしれない」  ゆるい会話に、私の緊張もゆるみます。  空峰さんって、私の周りにはいなかったタイプの人なのに、話しやすい……もっとお話したいな。もっと、もっと、彼のこと、知りたい。 「空峰さん、ひとり暮らしですか?」 「ああ」 「ご出身は?」 「横浜」 「子ども科学館!」  はしゃいだ私を見た空峰さんは、首を傾げ、それからまた前を見ました。 「……遠足で行ったな。ロボット、何人かいるとこだろ?」 「いますね、階段に3人くらい。クイズができるロボット」  『何体』じゃなくて『何人』なんだ……可愛い、なんて失礼かな……ふふ、でも可愛い。 「そうだ、3人いた。木島は理系?」 「いいえ、ド文系です。でも、科学館や博物館は大好きです。仕組みや構造が理解できなくとも、面白いものは面白いし、綺麗なものは綺麗でしょう?」 「ああ。そういえば科学館に、プラネタリウムあるよな? あれの仕組み知らねぇし、宇宙の知識もねぇけど、とにかく綺麗だ、と思う」  真面目に答えてくれる空峰さんです。私の言いたいことが彼にきちんと伝わった気がして、心がふわん、と浮かび上がりました。
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