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「あのさぁ、そもそもスイって、なんで千春ちゃんと付き合ったん? 会った瞬間にビビッてきたわけ?」
「いや」
首を捻る。『ビビッてきた』の感覚がわからない。千春は、会ったときから千春だったし……すると、白浜さんはあからさまに不服そうな顔で俺を睨む。ウザいから補足する。
「楽しそうに話す子って印象でした。最初から、嫌な印象はありませんでした」
「その割には付き合うまで長かったよなぁ」
「俺がこんななんで。いろいろお世話になりました」
礼を伝えれば、白浜さんは笑顔になる。単純な人だな、と思ったが。
「そうだろう! で、相談なんだが」
「はい」
「……あー、その」
白浜さんの口元はなにか言いたげにひくついているが、とにかく言葉に迷っているようだ。様子のおかしいキャプテンを見る、松田さんの視線が冷たい。俺は仕方なく、思いついたことを口に出した。
「……金欠すか」
「違ぁう! さすがに後輩に金はたからん!!」
唾を飛ばしそうな勢いの反論に、幹彦が「わかった」と手を挙げた。
「あれっしょ、白浜さん、スイに女の子紹介して欲しいんでしょー! 彼女と別れて長いから、寂しいんすよね、うんうん……オレも寂しいぞスイ」
憎悪のこもった視線で幹彦に睨まれたが、無視して定食を片付ける。ごちそうさま。
「……柏の言う通りだ。オレだって、彼女が欲しい……具体的に言うと、湘工大のマネみたいな彼女が、欲しい」
「うわぁ」
シンプルに引いた声を出した松田さんは、箸を置いてテーブルに肘を着く。
「ねえ、今日、空峰を褒めてた子のこと? お前さー、空峰を利用してあの子と仲良くなろうとしてんの?」
「なんでバレたんだ!?」
白浜さんは青ざめる。幹彦が「どうするよ」と聞くから、俺は肩をすくめた。
「別に、呼び出すくらいならいいっすよ。その子呼び出して、『こちらうちのキャプテンの白浜さん。あんたと付き合いたいらしい』って、白浜さんを紹介すりゃいいんでしょ」
「よくないっ!!」
白浜さんが青いどころか白い顔で叫ぶ。
「それは……その、ダメだろ!?」
「なんで?」
「えっ? 気になってた男に呼び出されてドキドキわくわくで向かったら、横から違う男が出てくるんだぞ。最悪だろ」
「そういうもんすか」
「そういうもんなんだっ!!」
じゃあどうすりゃいいんだ、とタイミングよく湘工大の連中が学食に入ってくる。マネージャーもいるな。何人かいるから、誰が白浜さんが狙ってる子かわかんねぇけど。
「空峰」
呼びかけられて松田さんを見ると、彼はとてもとても爽やかな笑顔だった。
「行ってきな」
「うっす」
「やめろ、ほんとにほんとにやめろ、頼むから座れ空峰ぇ!!」
「ごめんってぇぇぇ!!」という白浜さんの絶叫が学食中に響き、湘工大の連中がこっちを見る。きっと白浜さんが狙ってる子も、彼に注目しているだろう。良かったな、白浜さん。
「スイってさー、天然じゃん?」
椅子に座ると幹彦が言った。相変わらず気が抜けるにやけ面をしている。
「千春ちゃんもスイが天然ボケてること、知ってんの?」
「付き合う前に、『天然って言われません?』って聞かれた」
「ふぅん。自然体で話せてるってことは、やっぱビビッてきてたんじゃん」
幹彦はやけに嬉しそうな顔をして、俺から白浜さんに視線を移した。キャプテンは副キャプテンに説教されている。こんな光景、面白いか? いつものことじゃねぇか。
人の心っつーのはわかんねぇな、と首を傾げながら俺は食器を片付けるために立ち上がった。
★学食にて【おわり】
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