1-1 4月6日のお迎えとくしゃみ

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「穂さん、ボーっとしてどうしました?」 「千春の話術はすげぇから、通報されてもいけるかなって」 「なんで通報が出てくるのかわかりませんが、お褒めいただき光栄です!」  顔を輝かせる千春と一緒に、歩き出す。  用事がない日はなるべく、塾帰りの千春とコンビニで待ち合わせて、彼女を家まで送ることにしている。  千春の家は、沢塚駅から徒歩10分。  たった10分だけど、大切な10分だ。  まだ付き合い初めて一か月だけど、この10分のおかげで、千春も俺に緊張しなくなってきた。「そういえば」と、千春は元気に話し出す。 「お腹の虫があんなに元気だなんて、びっくり! 穂さんが行った定食屋さんって、人気のとこなんです?」 「安いから、いつも混んでる。それに米の大盛り無料だし、全体的に味付け濃いめで美味い」 「うわー、美味しそう! ザ・学生向けって感じのお店ですね……あ、どうしよ、またお腹が鳴っちゃう!」  千春が深刻な表情で腹を抑えた。そして鼻をスン、と鳴らしてびっくりした顔をする。 「ちょっと待って。どこかから生姜焼きの匂いがします!? なんてタイミング!」  確かに、近くの家から生姜焼きの匂いが漂っている。俺も腹が鳴っちまいそうなくらい、いい匂いだ。 「別に、腹が鳴ったって気にしねぇぞ」  まだ千春は腹を抑えている。そもそも、腹を抑えたら鳴らなくなるもんなのか?  「私が気にするんです。うーん、でも……ずっとお腹を抑えていたら、穂さんと手を繋げませんね」  千春の左手が俺にそろそろ伸びてくる。遠慮がちに空をさ迷う彼女の手を、掴む。千春はあんまり、体温が高くない。四月の夜と同じだけ冷たくて、しっとりした手だ。 「察してくれてありがとうございます」  俺を見上げた千春は、街灯の光でわかるくらいに頬を赤く染めている。手を繋げて嬉しくてたまらない、みたいな表情。 「あからさまだったからな」 「そのお答えも100点満点中100点ですが、『俺も手を繋ぎたかった』って言ってくれると点数が上がりますよ」 「俺も手を繋ぎたかった」 「パーフェクト! 100点満点中、300点になりました!!」 「採点が甘すぎる」  風が強く吹いて、雲が千切れた。深い藍色の空に、ぽつぽつと星が瞬く。駅から離れれば離れるだけ、道路も静かで夜空も澄む。  なのに、もう千春の家が見えてきた。
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