3-4 6月24日は、魔法の日

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「穂さん、場所移動しません? バイトはまだ、大丈夫ですか?」 「ああ」  穂さんは夕方からバイトですが、わざわざ私の体育祭を見に来てくれました。文化祭は……どうだろうな、来てくれると嬉しいな。  文化祭では、彼とふたりで出店を見て回ったりしたいなぁ。  今まで『学校行事を彼氏と過ごす』ことにはあんまり興味なかったけど、今は興味しかないです!  でも、それってマリちゃんたちに穂さんの実在を証明することになるわけで……ちょっと恥ずかしいかも。  数か月先の未来の妄想も膨らませつつ、私たちは正門側の生徒用駐輪場に向かいました。  生徒用の駐輪場も、先輩から教えてもらったベスト逢引き場所。  運動場や正門からは桜やケヤキの大木に遮られて見えにくいし、お客様用の駐輪場は裏門近くに用意されているので、体育祭中はいつ来ても人気がないとのことです。  ラッキーなことに、私たちが来たときには、入り口から見渡せる範囲には人の姿は見えませんでした。少し奥まった場所で、私と穂さんはお喋りを楽しむことにします。 「穂さん、創作ダンスは全チーム見ましたか? 今年のテーマは『昔話』でしたから、不思議なチームも結構あったでしょ?」 「一応、全部見たぞ。桃太郎がエクスカリバーを抜いてたのにはびっくりした」 「あー、三組チームですね!」  テーマが決まっていても縛りは緩いので、面白い創作昔話が飛び出してくるのも、見どころのひとつですね。 「千春のところは、『河童』だよな」 「はい。家畜を襲う悪い河童が、キュウリの美味しさに目覚め、キュウリ農家として人間と共存する完全オリジナル昔話です!」  穂さんは「オリジナルか」と頷きます。 「そういうの、三年が考えんの?」 「はい、ダンスも衣装のデザインも、先輩たちが考えてます。役によってダンスや衣装が違うから、大変そうですよ」 「千春はキュウリ役だったな」 「いえすキュウリ!」  両手を頭の上で合わせて、キュウリポーズ。タワーポーズにもヨガをしている人にも見えますが、七組チーム的にこれは完全にキュウリポーズなのです。 「キュウリ役、ダンスは単純ですけど、衣装替えがたいへんで。黄色がお花キュウリで、緑が食べ頃キュウリなんです。タイミングに気をつけないと、食べ頃になれなかったキュウリが誕生しちゃうんですよ」 「全員綺麗に、黄色から緑に変わってた」 「ほんとですか! 良かったぁ!」 「ああ。練習の成果が出たんだな」  お客さんからそう言ってもらえて一安心。穂さんは微笑んでいましたが、バケハが影を作っちゃって、表情が見えにくいなぁ。 「穂さん、帽子とってもらっても……? お顔が見えにくくて」 「ん? じゃあ、とる」  穂さんはバケハをとって、乱れた髪を簡単に手櫛で整えます。何気ない動作でさえカッコいい……おさまったはずの汗が、額や首筋に浮かんでしまいます。 「そういえば穂さんは、高校のとき、創作ダンスは……」  つい口に出してしまってから、はっと気が付きました。穂さんは高校時代、『ハマの裏番』だったのに。だけど、答える彼の声はいつも通り淡々としていました。 「ダンスは希望者だけ。俺は毎年走ってたな……千春、俺の高校のこと聞いてもいいぞ。ただ『裏番』だっただけで、別にトラウマとかじゃねぇから」  穂さん全面肯定派の私でさえ看過できないダサい二つ名をあえて口にするのは、彼の気遣いでしょう。優しい人だなぁ、本当に。
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